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令和二年の夏

この前、池のほとりに立っていたら、何かしらの黒い物体が近づいて来た。水面に波紋が拡がり、黒い影が這い上がり、一体なんだ!?と身構えると、ひょこっと顔を上げたのは1匹のカメ。そいつは、もっと近づいてきて、その小さな身体を、小さな岩に、まるでプールサイドにしがみつくように上半身だけ、両腕を使って乗り上げた。瞳もこっちを見ていた。人間とカメがしばらく見つめ合っている。しばし奇妙な時間が流れた。空は快晴で、雲一つない。と言いたいところだが、ただ一つだけ、一筋の縦長い雲が浮かんでいた。その雲はずっと眺めていると、気付いたら消えてしまいそうなくらい微かな細長い雲だった。都会から少し外れたところ、密接した住宅街の中にあるひときわ広い庭園、清澄庭園での出来事だった。
犬や猫なら目が合うのは分かる。でも、カメと目が会うだなんてそうそうお目にかかれるものではない。昔、家のお風呂に入っていたところ、窓ガラスの端から白い物体がすっと出てきて、思わずうわあ!!と小叫びしてしまった。うちの風呂場の窓ガラスは、すりガラスではなく透明で外がよく見える。だから、誰が覗いたのかはすぐ分かった。それは白い猫だった。しかも、眼を見開いてこっちを見ていた。なんかあいつ、服着てない!なんでや?おもろ!!と思ったのだろう。僕も、なんだ猫かとほっとし、気にしないフリをして、湯につかっていたけど、再び視線を窓に戻すと、ほぼさっきと同じ表情と姿勢で、まだこちらを凝視していた。確かに、人間が素っ裸のずぶ濡れ状態で風呂に入っている様子をしっかり見たことがある野良猫は少ないのかも。とはいえさすがに、猫と言えど見過ぎじゃない?と思ったので、窓を軽く小突くジャブを打ってやろうとした。しかし、浴槽から立ち上がった瞬間にどこかにすっ飛んで逃げて行ってしまった。話を戻そう。このように猫にならガンと見られたことはあるけど、カメに見られた事はないから、結構面白いなと思った。餌を欲しているのかと察したが、持ってないし、そんなにずっと見つめ合っていてもしょうがないので、すまんと心の中で軽く謝りながら、その場を離れようと歩き出した。すると、池沿いを歩くにつれ、隣にカメがまたずっと付いて泳いで来ているのが見えた。カメはゆ〜っくり手足を動かして、気持ちよさそうに泳いでいる。令和二年の夏は、今まで体験した夏の中で1番暑かったかもしれない。ギラギラと暑い太陽が、池の水面とカメの甲羅を照らし、反射した眩しい光が僕の眼に届いた。波紋が揺れるたび、光る水面が様相を変えた。まるで犬の散歩もとい、カメの散歩をしてるみたいだなと思いながら、しばらく一緒に歩いた。池は広く、カメもずーっと付いてくるから、また立ち止まってみた。すると、近くの小岩に体を乗り上げて、またこっちを見ている。小さな首もくいと上げて、明らかに両目の目線は僕の方へ向けられている。面白いカメだな、カメって全部こういうものなのかな?それとも珍しく人懐っこいカメなのかな?と思って、しゃがんでまじまじと御対面してみた。すると、もっと近くまで寄って来た。宇宙人と人間の遭遇みたいに、カメと極至近距離で相対することになった。カメは巨人と向き合っている気持ちなのだろう。そうだとすれば、ずいぶん度胸が据わっている。猫とは大違いだ。
そんなに見られても餌はなにも持ってない。でも、持っている振りをしてグーの手をそいつの目の前にかざしてみた。すると、最初から伸びていたカメの首はさらに伸びた。僕はすかさず、手をぐーとパーの形に閉じたり開いたりしながら、左右に振ってみた。すると、カメも首を伸ばしたり縮めたりしながら、口をパクパクさせ左右に振っている。あ〜面白いもの見させてくれるな、これだから庭園巡りはやめられない。と思っていた。が、何か違和感を感じた。カメって優しい性格なイメージがするが、それとは裏腹に、口のパクパク具合がどうも威勢が良すぎる。そして僕は気付いた。スッポンだこれは。すぐさま手を引っ込め立ち上がった。そのカメだと思ったスッポンも、どうした!?と驚いているようで、岩をより一層踏みしめた。相変わらず、僕の方を上目遣いで見ている。僕がカメだと思って戯れていたのはスッポンだったのだ。あー危ない危ない。と今度こそ池から離れて、また歩き出した。
池の先には広場があって、その広場の端っこにある東屋のベンチに座って、しばらくぼーっとしていた。風が時々吹いて、まるで小さい子供が遊び回っているかのように、草木があっちに揺れてはこっちに揺れていた。もう何年も昔からあるような、みきの太い木々の枝も揺れ、そこについている青々とした葉っぱは逆光となり真っ黒いブラックに見え、濃い青いブルーの空を背景としてくっきりとした輪郭を保ち、まるで細かな柄、例えるなら、お洒落なワンピースの柄のように見えた。僕はそこで、色んな綺麗な景色に無意識に視線を向けながら、何となく頭に浮かんでくる考えを、手遊びするかのように、しばらくもてあそんでいた。


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 次回の更新は11/27です。

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