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高坂正澄『穴』「mon」Vol.16 (付・小説同人誌monについて)


【あらすじ】
 主人公、鍋田久夫は大阪・大東市で、大手金属加工企業の下請けとして、主に特殊なネジを製造している会社を経営している。起業したのは父であったが、その父が仕事中に交通事故で亡くし、26歳で会社を任されることになった。幼少時にすでに母も亡くし、兄弟もなく天涯孤独となった。しかし29歳の時に商工会幹部の紹介で光子と見合し結婚した。ところがある日、実家のある野崎観音へ行くと行ったまま蒸発してしまう。
 26年がたったある日、趣味の廃村探訪のため、三重松阪・飯高町波瀬の月出集落の跡地に行った。しかし集落への道は地震による崩落の危険のため通行が禁止されている。一方で月出断層への道が通じているのを発見した。せっかくなので見学することにする。渓流を隔てた見学広場から断層を見ていると、観音扉があるのに気づき、人道橋を渡ろうと知るが、やはり立ち入りが禁止されている。しかしそのまま立ち入り観音扉中の「穴」に入り込む。しばらくすると「ヒサコ」となのる女性の声がして、しばらくするとこの穴は塞がれ帰れなくなるので、引き返すように警告を受ける。会話から蒸発した光子とのつながりを感じ取るも、広場まで引き換えした。しばらくうなだれていてたが、顔を上げると「あなた様」をいるのに気づく。「あなた様」の人柄を感じ取った久夫は、今までのすべてを話し、再び穴に向かったのだった。

【感想】
 この小説は、最後に出てくる「あなた様」に話している形式をとっている。時間軸でいえば、穴から引き換えしてから、再び穴に向かうまでの間。その時間内に、久夫の生い立ちを「あなた様」に話していることになる。なのでそれ相当の時間が経過していると思われるが、「ヒサコ」からは裂け目が塞がれるまでに時間がないとせかせれる。なのでこの切迫感と回想時間のバランスが一番最初に気になったところだった。
 ところで読後の印象で、この光子と一緒だった時と、穴に入ろうする作品上の現在の間に空白を大きく感じ感じた。この作品の構成上の大きな特徴でもある。この間については経営規模が縮小したことと、廃村探訪を始めたことが語られているのみである。もちろん逼迫した「あなた様」への語りの時間ではこれくらいしか語れないとうことであろうということのなるだろう。
 ただそうなると、廃村の見つけ方についての技術的な説明(地図の活用など)やセニアカーにのった老人との会話がやや冗長に感じられてしまうのであった。
 いずれにしても最初に、前半と後半が分断が、再び穴に向かおうとする決意が、やや唐突すぎる感想を持ってしまった。
 というのも私の背後に、この時点での私の見立てがあって、廃村探訪が光子探しを兼ねている、あるいは光子探しそのものであると思われ、しかしその思い虚しく、20年近く光子の手がかりが全くつかめなかった。ところが、やっと月出で念願の手がかりが見つかりそうなので、もう決してこちらに戻れないかもしれないけれども、意を決して穴を目指したというのがこの小説の主題だと解釈した。

 そうした思考が進んでいくと、「あなた様」を登場させたことがやや不可解に思えてくる。仮に「あなた様」を登場させず、地の文を作者に戻し、俯瞰する形で描いたとしても、この主題を大きく損ねることはないように思えたからだ。
 さらに「あなた様」が作品上たんなるバイク好きとしかなく、またバイク好きだから久夫も心情を打ち明けた上、愛車を安心して任せられるので穴に戻ったとあり、まるで光子とベンリイとを天秤にかけているようだからだ。

 いや実は、このことが実は重要なのかもしれない。
 私何かを見落としているのかもしれない。

 光子がいなくなった理由を、読者として私も考えながら読むことになる。読みながら、久夫の描き方から、光子がなぜ自分と結婚してくれたのか本当には理解していないか、そのことについて自信がないことに気づく。ところで久夫も蒸発したあと光子がいなくなった原因を考えるが、「街に出ていた若い女性」だから不満があったのではないかと思うようにある。これは光子に対するコンプレックスの一つの発露で、これを蒸発の原因に安易に結びつける発想が、やや短絡的で、久夫の光子に迫ろうとするには態度に、なにかもの足りないものを感じる。
 このとととベンリイを「あなた様」に預けることができて、はじめて穴に戻ることを決意することを合わせて考えてみると、久夫の光子に思いに対する程度が軽くなってくる。
 そうすると大きい空白と感じた20年間、ならびに冗長と感じた地図やセニアカーの部分の対比から、ますます久夫の光子に対する思いが、強い愛情に基づくようなものでないように思えてきた。

 そもそも二人は恋愛結婚でなくて見合い結婚なので、愛情に基づく結婚ではないし。だから廃村探訪も趣味のバイクをうまく活用できたから続けられていて、私が最初に見立てとは違い、この廃村探訪も、決して光子の幻影を追いかけることが、主たる目的ではなかったかもしれない。女性に縁がないタイプであることを「あなた様」に言っていたことお思い出すと、なおさらそう思えてくる。

 こうなってくると、この久夫という存在に、積極的に共感はできないけれど、かえってリアリティを感じるようになってきた。明確な強い意志を持っているよりも、なんとなく状況をつなぎ合わせ、自分を振り返る。こういう人いるよねって思う。あまつさえ自分だってどうかな、同じようではないか?などど考えてみたりする。そういう意味のリアルを感じてしまう。
 久夫が極端に軽いということではない。だれもが明確な意思をもって人生を邁進するわけでなないし、ほとんどの人が生まれと育った環境、出会った人のなかで人生が形成されていく。それはほとんどが偶然の産物だ。
 そうした中で人生を振り返る時、自分の人生に整合性が取れている人などほとんどいないだろう。それでもそこには人生という線が引かれ、その中心にあるのは人格だ。そう人生や人格などど言ったものは、おもうほどしっかりしたものではなく、実は整合性が取れないのほうが多いのではないかと思う。
 しかしそういう人生を人々は望まない。私も久夫について「積極的には共感できない」と書いたのもそうだからである。
 ベンリイを手放すということの意味の大きさだって、久夫にしかわからない。しかし久夫はそれを手放し、強い意志でもって穴に向かったのだ。周りからみたらその決意が大したことのように思えなくても、その本人にとっては大決断だったのだ。
 やっとおこなった自分だけの大決断。それを描いた作品なんだと、結論が出た。

 いや、待って「あなた様」がいた!「あなた様」がいたから決断したんだよね。あれれ、そうか結局「あなた様」という偶然の出会いが決断の由来なんだよね。
「あなた様」という呼称も久夫があたえたものだろうから、自分の内面の確信と決断の正当な根拠を、自分の中に求めず、外に求めようとした結果に思えてきた。
 そもそも久夫は偶然であった人に、一方的に身上話をして、バイクを預けて立ち去ってしまったのだ。
 なるほどこの物語は「あなた様」の立場に立ってはじめて理解できるように思えた。久夫の生い立ちよりも、「あなた様」にベンリイの処分を押し付けれたこの人のほうが、この作品内ではより事実として示されているのだろう。そうなると、この物語は自分勝手な久夫を描くために込み入った構造をしかけたのだろうか。そしてこの作品の語りは、久夫のそれでなくて「あなた様」のそれである可能性を感じ取った時、私のこの作品の解釈は180度変更しなければならないことを強く感じた。久夫のリアリティは一気に消え失せ、全面に現れたのは、古事記を思わせるエピソード、お染め久光、裸石神社とその裏側の「穴」・・・、これは「あなた様」が語る、珍聞、奇譚ということか!
 だとしたら、途中「あなた様」を登場させず、地の文を作者に戻せなどど書いたことが、とんでもない間違いと言うことなのだろうか。

 いつまでも続く解釈の旅を一旦終えることにします。楽しい旅を体験させていただいて、高坂さん、飯田さんを始めとする小説同人誌monの関係者の皆さんありがとうございました。

Scannable の文書 2 (2020-08-17 15_45_16)

【「小説同人誌mon」について】(敬称略)
 小説同人誌monは関西に在住する「ロスジェネ世代」作家を中心とした文芸系同人誌である。同人のメンバーは10名(2020年8月現在)。代表者は飯田未和。
 飯田は2008年から大阪文学学校で文学を学んでいたが出産・育児がきっかけで「一年以上書けない時期が続」いたため、自ら他人を巻き込んだ上での締め切りという設定つくることで、書けない状況を打開しようと、おなじく大阪文学学校に在籍していた、浅井梨恵子、大梅健太郎、キンミカを声をかけ結成した。飯田の夢は同人から芥川賞受賞作家が生まれ、受賞後もmonで執筆をしてもらうこと。
 掲載される作品は同人の他、ゲストと呼ばれる同人以外の書き手の作品も掲載され、冊子が完成した後、外部参加も含めた合評会を開催しているのが大きな特徴。
 2013年の第2号に参加した島田奈穂子の作品「ナナフシ」が「三田文学」の「新同人雑誌評」2013年下半期ベスト3に選ばれた上に商業文芸誌「文學界」に転載され、monの知名度が上がった。
 
以下主な出来事は次のとおり。

 2012年
 10月、小説同人誌monは大阪文学学校出身の30代の4人で、飯田未和を中心として、浅井梨恵子、大梅健太郎、きん美香(第6号からキンミカ)によって創刊された。monという名称はフランス語の一人称に由来する。またこの創刊号でゲストの募集も告知される。この同人以外のゲストが参加することもmonの大きな特徴であり、この方針がmonの発展に寄与することになる。

 2013年
 4月、第2号この号にゲスト参加した島田奈穂子の「ナナフシ」が発表された。この作品は『文學界』2013年11月号に「同人雑誌優秀賞」として転載され、monの知名度を一気上げた(その後同作品は第八回神戸エルマール文学賞受賞)。
 またこの号以来、同人批評の紹介が始まった。
 
 10月、第3号から島田奈穂子が同人となった。

 2014年
 3月、大梅健太郎が第1回日経星新一賞に入選した。
 
 4月、第4号で大梅の第1回星新一賞入選の顛末記が「特別企画」として掲載された。
 
 10月、第5号で飯田未和が『彷徨える』が発表された。この作品は「ナナフシ」に引き続き第九回神戸エルマール文学賞を受賞し、monのレベル高さを見せつけた。
 また同号から森田哲司とタイトル画を担当していた森崎雅世が同人となった。
 ちなみにこの号の目次には原稿枚数が初めて表記されたが、次号から再び表記されなくなった。

 2015年
 4月、第6号では島田奈穂子がタイトル画も担当した。その島田の受賞式の様子などが伝えられ、同誌としての初めての「特集」となった。
 また中山文子の寄稿による同誌初めてのコラム「まちの切れ端」掲載された。
 ゲスト原稿募集の告知はこの号で最後となった。

 10月、第7号の飯田未和「眠れる森の王子様」が発表された。この作品は後に「朝顔の家」と改稿した上で第34回大阪女性文芸賞発表を受賞した。
 島田奈穂子「ペギーについて私たちが知っていること」が発表された。この作品は後に「文学2017」(日本文藝家協会編)に収録されることになった。
 内藤万博の寄稿によるものとして、同誌としては初めての詩「夢喰い」が掲載された。
 
 2016年
 4月、第8号にて「特集」として「彷徨える」神戸エルマール文学賞受賞の模様がが伝えれれた。

 10月、第9号で望月奈々(第10号から望月なな)による同誌初の評論「小説内空白における読者の存在」が掲載された。
 同人批評の紹介で対象となった作品のタイトル画の再掲載がはじまった。

 11月、飯田未和「朝顔の家」で第34回大阪女性文芸賞受賞

 2017年
 4月、第10号は記念号として、過去にゲスト参加した人もふくめた17名でタイトルにmonを入れた30枚程度の作品で共演するという快挙を成し遂げた。
 ゲストの水無うらら「君は檸檬が読めない」が発表された。この作品は「季刊文科」72号に転載された。
 この号で初めて金子奈々がタイトル画を担当し、以降同誌の常連となった。また濱島大輔は今号のみタイトル画を担当した。

 10月、第11号から望月ななが同人に加わった。創作以外に評論「大梅健太郎『ねがいひとつ』論」で初めて他の同人の評論が発表された。またこの号から望月が撮影した写真が掲載されるようになった。合評会などイベントを紹介する写真を除く作品の写真としては初めてとなった。
 飯田によりゲスト制の維持が確認された。
 
 2018年
 4月、第12号から今まで真っ白だった表紙が、和歌山の画家まつおのイラストが用いられようになった。
 短信欄において「懐かしのタイトル画シリーズ」がこの号と次号に掲載された。

 10月、第13号望月ななの「おしなべてまりか」が発表された。この作品はもともと第二十四回三田文学新人賞に応募した作品で、最終候補まで残ったものある。その際の選評も参考にし、改稿した上で発表した。公募した作品が掲載されるのは初めてである。この作品は2018年度全作家文芸時評賞を受賞した。
 この号に掲載されたコラム3編は、いずれも執筆者による写真あるいはイラストが誌面を飾った。
 また内藤万博が同人して加わった。
 総ページ数として初めて200頁を記録した。

 2019年
 2月、望月ななが「炭酸の向こう」で、第二十五回三田文学新人賞受賞。

 3月(?)、飯田未和が神戸エルマール文学賞基金理事兼選考委員に着任。

 5月、望月ななが「おしばべてまりか」で、2018年度全作家文芸時評賞受賞。

 6月、第14号で望月の文学賞ダブル受賞の模様が伝えられた。
 また森崎雅世が経営する海外コミックス店オープンに合わせた企画物が2号に渡って掲載された。
 この号をもって創刊以来存在した見返しが最後になった。
 巻末に関西の同人などのTwitterアカウントが掲載された。
 第12号ゲスト参加の小副川栄一の訃報が伝えられた。

 12月、第15号ではキンミカの約160枚以上に渡る力作「チキンファット」が発表された。また同人の島田奈穂子が第6号以来久しぶりのタイトル画を担当した。
 関東在住、三田文学の片野朗延がゲスト参加した。
 
 2020年
 8月、第16号で松嶋涼が同人加わり、その数は10名となった。またキンミカ「チキンファット」が第14回神戸エルマール文学賞佳作賞を受賞した。

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