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【Band on the Run】(1973) Paul McCartney and Wings 逆境を跳ね除けたポール本領発揮の傑作
私が以前勤めていた東京・新宿歌舞伎町にあった老舗日本料亭に、かつて偉大なお客様をお迎えする予約の打診がありました。その名はポール・マッカートニー。1990年のソロ初来日時のことです(私は入社前デス)。
業界関係者の方から頂いた予約内容は、全員ベジタリアンメニューで。当時、ウチの日本料理の総調理長はむちゃくちゃ怖い方で、中卒で地方から金の卵で上京、揉まれ続けてトップに立った叩き上げの板前でした。私もデシャップの立場ながら幾度となく怒鳴られましたが、まさに頑固を絵に描いた昭和のワンマンな親方。さて、バブルの香りも色濃く、接待の予約など掃いて捨てるほどあった時代です。何と親方、ポールの予約を断ったのでした!ぎゃー。
自宅に帰って家族に話したところ、娘さんに
「お父さん!馬鹿じゃないのー!!怒」
断った真意は分かりません。ただ和食の基本は魚のダシ。ポールの菜食主義がどの程度なのかは分かりませんが、ウチは精進料理じゃねー、ということだったのかもしれません。でも、あの時ポールをお迎えして記念写真の1つでも撮っておけば……悔やまれます。
さてさて、ポール・マッカートニーの作品は数あれど、ビートルズ解散後で私が一番好きなのが本作です。1曲目の"Band on the Run"、これ好きなんですよね〜。
穏やかな歌い出しから始まって、次はシリアスに展開、突然オーケストラが入ってくると今度はメインのテーマへと早変わり……何と3部構成で構成されたウイングス時代の代表曲です。一粒で3度美味しい、出し惜しみのない贅沢な曲作りがポールらしい。ミニムーグ、ギターがうまく曲に表情を与えていてポップソングとしても楽しめますね〜。
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本作はウイングスとして発表した3作目。ビートルズ解散後は世間の風当たりが強く、他のメンバーに比べて評価が芳しくなかったポールが、いよいよ本領発揮したとされる傑作の1枚です。アルバムもシングルも大ヒット。グラミー賞に選ばれる栄誉も授かりました。
録音はナイジェリアのラゴス。直前にヘンリー・マッカロック(guitar)、デニー・シーウェル(drums)の2人が音楽的な理由から脱退。メンバーはポール&リンダ夫妻、デニー・レイン(guitar)の3人になってしまいました。
しかも到着したラゴスは悪天候、外出先では強盗に遭遇、更に現地のEMIスタジオは機材が貧しく、トラブル続きのレコーディングだったようです。しかしそんなことを一切感じさせない本作。よく言われるように逆境がかえってポール達の集中力を高めたのかもしれません。
本作で際立つのは、何と言っても楽曲のクオリティの高さです。実を言うと私はポールの俗っぽいところがやや苦手なのですが(ゴメンナサイ)、あんな曲も、こんな曲も、丹念に作られた1つ1つが収まるべきところに収まり、ポールらしい魅せ方と遊び心が光る本作の完成度には感心するしかありません。
和食なら会席料理のような彩りでしょうか。前菜、吸い物、お造り、焼物、煮物、食事、甘味…あぁ、ポールにウチの会席を食べて欲しかったなぁ。
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米国盤にはB面に "Helen Wheels" が収録
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Side-A
②"Jet"
イントロから来たッ!って感じのロックチューンですね。007の主題歌「死ぬのは奴らだ」もそうですが、曲の顔になるフレーズで思いっ切りショーアップする演出がポールは実に巧み。覚えてしまいますね〜。
♪ジェット!というコーラスも印象的。エンディングはサックスが登場してピリッと締める辺りも完璧です。
③"Bluebird"
アコースティックナンバーをサラッと書く時のポールも、飛んでもないメロディメイカーぶりを発揮します。これもそんな名曲。ビートルズでは「ブラックバード」、こちらは青い鳥です。ボサノバタッチでもあり、リズムボックス風のバックが不思議と溶け合って自然なムード。現地のパーカッショニストが客演してイイ感じです。
⑤"Let Me Roll It"
ジョン・レノンっぽいと言われた曲です。ブルージーなギター、引き摺るような渋い曲調が私もジョンっぽいなと思います。映像は1976年のツアー。ポールの東京ドーム公演でこの曲を聴けた時は嬉しかったな〜。
Side-B
④"Nineteen Hundred and Eighty-Five"
B面はリラックスした曲が続きますが、最後はクロージングらしいナンバーで締め括り。ピアノのリフとマイナー調のメロディが耳に残ります。オルガン、ホルンのアレンジも華やか。終盤でオーケストラが登場すると壮大なクライマックスで大団円!と、そこに "Band on the Run" がリプライズで流れてくるという抜け目のないオチ。パチパチパチ。
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ポールはバンドが大好き。ウイングスもこの後は民主的なバンドとして続いていきます。でも別次元の才能の持ち主なのだから、もっとワンマンで良いのに…なんて私は思うのですが、そんな優しいところもポールの性格なのでしょう。きっとビートルズでは一番マトモな人だったに違いありません笑。