![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/114885358/rectangle_large_type_2_6af920f529ee5c6d9eb22ca5131025f1.png?width=1200)
五取蘊について法を観つづける 中部#10 念処経 読了 その8 (法随観 五取蘊)
中部#10 念処経 読了記事のつづき(その8)です。
法随観 目次
五蓋 (pañca nīvaraṇāni)五取蘊 (pañc-upādānakkhandhā)
六処 (内処, 外処) (cha ajjhattika-bāhirāni āyatanāni)
七覚支 (satta bojjhaṅgā)
四聖諦 (cattāri ariyasaccāni)
法随観 五取蘊
(法随観を修習する)比丘は、次のように五取蘊の法において法を観つづけて住む、と説かれています。取蘊Aとはこのとおりである、取蘊Aの生起とはこのとおりである、取蘊Aの消滅とはこのとおりである、と。
色とはこのとおりである、色の生起とはこのとおりである、色の消滅とはこのとおりである、
第10 念処経
p.179
iti rūpaṃ, iti rūpassa samudayo, iti rūpassa atthaṅgamo;
iti, ti: ind. 〜と, かく, とて
rūpa: n. 色, 物質, 肉体, 形相, 容姿, 像, 相, 画, 人形
rūpassa 色の
rūpa sg. 単数 gen. 所有格
samudaya: m. 集, 集起, 生起, 起因, 原因
atthaṅgama: m. 没, 滅没
パーリ語釈: 増補改訂 パーリ語辞典 水野弘元 (春秋社)
五取蘊・五蘊
五取蘊/五蘊とは、生命における身心の構成要素を5種類の集まりとして分類したものです。
蘊 (skandha, khandha) とは、…「あつまり」「積集」の意味であって、われわれ個人としての身心、または身心環境を含めた一切の物質精神をそれぞれの「あつまり」に分けて五つとするから五蘊という。
p. 128 (一部省略)
(skandha はサンスクリットで、khandha はパーリ語です。)
執着を伴う五蘊を五取蘊と言います。
真理を発見していない生命は、五蘊・pañcakkhandha に執着するのです。ですから五取蘊・pañcupādānakkhandha と名付けてあります。
アルボムッレ・スマナサーラ
法の随観
五取蘊/五蘊の分類は以下の通りです。
色 (rūpa)
もとは人間の肉体を意味したが, 後には全ての物資も含むようになった
受 (vedanā)
感受作用
想 (saññā)
表象作用
もろもろの行 (saṅkhārā, pl. 複数形)
意志作用
識 (viññāṇa)
認識作用
(解説は「岩波 仏教辞典 (初版)」「五蘊」からの引用です。)
その8 まとめ
五取蘊において法随観を修習する時は、取蘊Aとはこのとおりである、取蘊Aの生起とはこのとおりである、取蘊Aの消滅とはこのとおりである、と五取蘊の法において法を観つづけて住む。
法随観を修習して、内外のもろもろの法において法を観つづけて、もろもろの法において生起・滅尽の法を観つづける比丘には、〈法のみがある〉との念が現前し、かれは依存することなく住み、世のいかなるものにも執着することがない。
パーリ文: tipitaka.org
参考訳: パーリ仏典 中部 根本五十経篇I 片山一良 (大蔵出版)
つづく