2021年2月に読んだ本
2021年2月に読んだ本
ちょっといろいろありまして遅くなりましたが、2月に読んだ本です。2月は小説との蜜月でした。ここまで読める月は後にも先にもそうないと思う。
1 キム・ヨチョプ『わたしたちが光の速さで進めないなら』
SFの短編集。荻窪のTitleで購入。
表紙のイラストのようなかわいらしさのなかに、他者を巡る深く重い問いが横たわっている。デビュー作とは思えない完成度。
2 河野真太郎『戦う姫、働く少女』
アナ雪や千と千尋など有名な映画作品をフェミニズムの観点から論じた本。紀伊国屋新宿本店にて購入。
私は観てない作品も多かったが、全部観ている人はもっと楽しめる本だと思う。他にも似たような観点からフェミニズムを論じた本があったと思うので、そちらも探して読んでみようと思った。
3 川上未映子『六つの星星』
川上未映子の対談集。三鷹のりんてん舎にて購入。
川上未映子の本はすべて読みたいので前々から探していたものを見つけ購入。他の雑誌などに収録されている対談も多く既読の内容が多かったが、手に入ってよかった。斉藤環との対談と福岡伸一との対談が特に面白かった。
4 石松佳『針葉樹林』
針葉樹のような静謐で棘のような葉を持つ木のような詩が集まった詩集。三鷹のりんてん舎にて購入。
解説に松下育夫さんが書いていたとおり、石松さんの詩はたとえが地の文の世界にさらっと移行していくのだが、それがとても自然に感ぜられるのが不思議だった。
5 イーユン・リー『千年の祈り』
川上未映子が対談していたことから知り、読みたいと思っていた作家。荻窪のTitleで購入。
完全にイーユン・リーにハマった。彼女は中国人で母国語も中国語だが、アメリカに住み英語で書く。中国語では書けないし、書きたくないらしい。中国は他の国にはない歴史の重みがあるし、呪いやしがらみも私たちより重い。叙事的な筆致で描き出される壮大なスケールの短編。すごい。デビュー作とは思えない。
6 木村敏『時間と自己』
ずっと読みたいと思っていたのだが分厚いのかと思い読んでなかった本。新書だった。紀伊国屋新宿本店で購入。
もっと早く読むべきだった。私はやはり統合失調症親和者でアンテ・フェストゥムの時間観を生きている。未来に対して前のめりでいつも次なる一手を探し求めている。しかし過去のことを過去のこととすることができず現在完了として生きているという点でポスト・フェストゥム的である。この時間観の食い違いが人とのコミュニケーションにおいて齟齬として現われることは割と頻繁に起こる。時間観を論じた学説は今までにいなかったので粗はあれどやはり画期的かつ興味深い説だと思う。
7 佐川恭一『ダムヤーク』
Amazonで購入。
正直あんまり面白いと思えなかった。私は木下古栗が好きだが、ナンセンスが好きなわけではないんだよなということを思った。この短編集はナンセンス色が強い。私は木下古栗くらい緻密で執拗な描写が好きなので、それと比べると佐川恭一の描写はいささかあっさりしすぎている。しかしそもそもの話、木下古栗と比べるのは違うのかもしれない。他の作品を読んだら面白いかもしれないので他の作品も読んでみようと思った。
8 金恵順『死の自叙伝』
新宿の紀伊国屋で見つけよさそうだったので購入。
死んだほうがましだと思っても
突然苦痛が終わると心細いのです
死んだほうがましだと思っても
突然苦痛が終わると苦痛が思い出せないのです
死んだほうがましだと思っても
突然苦痛が終わると死にたくなります
死もこれより深く私の中に入ることができないから
引用は「リズムの顔」から。死についてしんとしてしまって沈思黙考のような按配でつい考えてしまった。
9 デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ』
発売当初から気になってはいたのだがあまりに分厚いので躊躇していた。活字強者しか通読できない本ではある。紀伊国屋新宿本店で購入。
ブルシット・ジョブの定義のなかに自分がその仕事をクソだと思っていることが含まれるのは意外だった。この本がここまで広まり評価されていることは一抹の希望だと感じた。
10 ハン・ガン『菜食主義者』
荻窪のTitleにて購入。
ハン・ガン、面白いわ。小説の主人公は植物になりたいという願望を持っており、最後は木になろうと人間をやめてしまうが、ハン・ガン自体も木に対して憧れを持っているんだと思う。人間、自分の物語に飲み込まれすぎると狂うなという印象。
11 キム・ヘジン『中央駅』
Amazonで購入。
ホームレスの人の話。読んでいると主人公のことを下に見ている自分を感じる。どこまでが自己責任かなんて線引きはできないからこそ、貧困の話は自分と地続きで、かつ自分の差別意識を炙り出される独特のしんどさがある。畑野智美の『神さまを待っている』を読んだ時も同じ気持ちになった。しかし書き写したいほど美しい文章がたくさんあった。その一つを引用しておく。
プライドや自信。そういうものが本当にあるとすれば、それは自分の手で捨てられるものではない。捨てるのではなく、心ならずも落としてしまうのだ。そして、二度と取り戻せなくなるのだ。今や俺にできることは、かなたから来る最悪を待つことだけだ。
12 ハン・ガン『回復する人間』
西荻窪の今野書店にて購入。
人間は病むようにできているし、それと同時に回復するようにもできている。ハン・ガンの人肌の温かさとほの甘さのような優しさが心地いい。
そんなふうに生きないで。私たちに過ちがあるとすれば、初めから欠陥だらけで生まれてきたことだけなのに。一寸先も見えないように設計されて生まれてきたことだけなのに。姉さんの罪なんて、いもしない怪物みたいなものなのに。そんなものに薄い布をかぶせて、後生大事に抱いて生きるのはやめて。ぐっすり眠ってよ。もう悪夢を見ないで。誰の非難も信じないで。
13 イーユン・リー『理由のない場所』
吉祥寺の古書防波堤にて購入。
何年にもわたって、彼は問いかけてきた。苦しみについて書くなら、苦しみを理解しているなら、なんでぼくに命を与えたの。私は彼に、満足いく答えを返せたことはなかった。
繊細な親からさらに繊細な子供が生まれた例。16歳の息子に自殺されるなんて考えられる限りで一番酷な仕打ちだと思う。やはり人を生むことは罪なのだろうか。
14 ハン・ガン『ギリシャ語の時間』
荻窪のTitleで購入。
カルチャースクールで出会った中年男女の恋であるという共通点もあり、川上未映子の『すべて真夜中の恋人たち』に通づるものを感じる。川上未映子の『すべて真夜中の恋人たち』が私は大好きなのだが、この小説もとても好きだった。私は傷を負った二人が互いの孤独に指先でそっと触れ合うような物語が好きなのだ。
15 ハン・ガン『少年が来る』
荻窪のTitleで購入。
私も生まれた時代が時代だったら学生運動やってただろうなと思った。こういう物語がどう読むのが正しいんだろう。死んでしまった人の方が幸せで、生き残ってしまった人の方がずっと苦しみ続けているように思えてしまう。
ついにAmazonにも手を出してしまい、さらに読書が加速した二月だった。ハン・ガンとイーユン・リーにハマった。面白いし、こういう人が生きて作品を作ってくれていることは、他ならぬ似たような質の人間たちの生きていく光になる。