イタリアの絹文化を訪ねて
先日イタリアにて調査をしてきました。本当にすべての時間が濃く、国境を越えた絹のご縁を深く感じた調査になりました。今回は、いくつかのトピックに分けてイタリアの絹文化について綴っていこうと思います。
世代を越えた協働
今回は、絹織物の産地として有名なコモ、養蚕・カイコの研究所があるパドヴァ、ベルベットの絹織物工房があるヴェネチアを訪問しました。
Museo della Seta Como
まず訪れたのが、スイスとの国境付近にある街・コモ。コモはミラノから電車で1時間ほどの避暑地で、広大な湖が特徴的な街です。ここでは、イタリアのシルクミュージアム「Museo della Seta Como」、絹織物会社の「TARONI」と、世界中の織物をアーカイブする「Fontazione Antonio Ratti」を訪問しました。
まず、「Museo della Seta Como」は、養蚕や製糸、織物に至るまで包括的にイタリア・コモにおける絹文化を展示しています。現在、コモでは養蚕業や製糸業は見られないため、ミュージアムの展示物は当時の様子をうかがうことができる貴重な史料です。
例えば、養蚕については、基本的に蚕を育てるプロセスは日本と同じでしたが、日本では「蔟(まぶし)」と言われる蚕が繭を作る道具など異なる点もあり、興味深かったです。国は違えど、同じ「蚕を育てる」という生業があったのだな…としみじみと感じました。
少し話がそれますが、私は「養蚕信仰」という養蚕農家の蚕への感謝・慰霊の精神に関心があります。以前、イタリアでも養蚕信仰のようなものがあるか調べたところ、詩などの作品の中で蚕に対する記述を見たことがあります。詳細はまたどこかで書けたらと思うのですが、蚕の神聖さに着眼する精神は、日本でもイタリアでもあるのだな、と興味深かったです。
今回は博物館の中の「記録」として養蚕の風景を見ましたが、今後は実際にイタリアの養蚕農家さんたちに、蚕に対する想いや生態観について話を聞いてみたい気持ちになりました。同時に、いかにしてイタリアの風土の中で養蚕という生業が形成されていったのかを、日本と比較しながら調査したら面白そう。コモは、諏訪湖周辺で栄えた絹産地・岡谷に似ているな、とも感じましたし、今回のMuseo della Seta Comoの訪問を通して、「シルク風土論」を考察してみたい気持ちになりました。
TARONI
続いて訪問した「TARONI」は、1880年創業のコモの老舗織物企業。今もなお国際的に有名なブランドがTARONIの生地を使用しています。TARONIでは、生地の生産のみならず、工場内にたくさんの織物をアーカイブしていて、昔のアーカイブを再現した生地も織っているのだとか。日本ではあまり見られない、ビビッドな色合いが特徴的な生地が多いと感じました。
その背景には、コモの自然環境があります。コモの水質が良く、染色に適しているからこそ、色のディテールにこだわれるそうです。また、GOTS認証などさまざまな認証を取得しており、リサイクルシルクを使った生地も生産しています。コロナ以降、一層SDGsの観点を求める声が増えたそう。
今回見学した工場では、古いものから最新型に至るまでさまざまな織機があり、ブランドのオーダーに応えられる生産体制を確立していました。まさに、ものづくりにおける温故知新の精神。いかに現代に融合した形でものづくりができるかを真摯に考え続けている姿が印象的でした。
Fontazione Antonio Ratti
次に、世界中の織物をアーカイブする「Fontazione Antonio Ratti」を訪問。特別に、19〜20世紀に活躍したファッションデザイナーFortunyの絹織物や、マリー・アントワネットも着用したと言われる「絣(かすり)」の生地・Chiné à la brancheなど貴重なアーカイブを拝見しました。ヨーロッパ諸国のみならず、アフリカやアジアも含め、3,000点以上もの織物をアーカイブしているそう!
空調設備が整った保管室で一つひとつを丁寧に保存すると同時に、デジタルアーカイブをしてオンラインでもアクセスできるようにする…という、まさに絹織物の図書館!実際にデザイナーたちもここでインスピレーションを得ているそうです。
技術やデザイン、製品をアーカイブすることで、次世代のクリエイションへつながっていく——。このように、先人たちの知恵をアーカイブし、現代につなげ、リバイバルしていく…というのは、まさしく世代を越えた協働。一つひとつの組織の中だけではなく、「産地」という一つの地域を核として知恵を循環させていく姿勢が印象的でした。
Save the Legacyの精神
Tessitura Luigi Bevilacqua
ヴェネチアでは、絹のベルベット生地を生産する「Tessitura Luigi Bevilacqua」を訪問。この会社は1875年に設立され、今でも18世紀の織機を丁寧に使い続けています。
職人の手で織られているのは、ヴェネチアで長い歴史を持つベルベットの絹織物。1日に数十センチほどしか織れず、生地自体が高級品ではありますが、ラグジュアリーブランドとの協働もしているそう。
19世紀のヴェネチアでは、1806年の布告によるヴェネチアの職人組合の解散、そして19世紀初めにフランスのジョセフ・マリー・ジャカールによって開発されたジャカード織機などが要因となり、徐々に手織りで生産された織物は衰退へと向かっていきました(※1)。その中で、Tessitura Luigi Bevilacquaでは「手織り」の意味や歴史に価値を見出し、今も職人の手でベルベットを生産しています。
ヴェネチアにベルベットが伝来したのは14世紀と言われているので、700年以上経った今でも同じ地で絹織物が生産されている、ということ。織物は、その国がたどってきた歴史を内包しています。だからこそ、このベルベットの織物を通して、ヴェネチアにおける先人たちが守り続けてきた「レガシー」を感じました。
CREA
ヴェネチアから電車で30分ほどの場所にあるパドヴァでは、養蚕やカイコに関する研究施設「 CREA(Council for Agricultural Research and Economics)」を訪れました。
CREAでは、多種多様な蚕の飼育・保全を行っており、桑や人工飼料の研究もしています。また、新しく養蚕を始めたい農家のサポートもしているそう。養蚕の実践や繭の生産、研究、普及活動…と、あらゆる取り組みを展開しています。
なかでも私が注目するのが、CREAも参画する「ARACNE(Advocating the role of Silk Art and Cultural Heritage at National and European scale)」というプロジェクト。ヨーロッパでは、すでに養蚕が衰退し、ほとんど姿を消していますが、少しずつ絹産業の復活に向けてヨーロッパ諸国内の連携が生まれているそうです。
その中で、ARACNEでは絹産業に関連する組織や教育団体、研究機関と連携し、いわば欧州におけるシルクロードの構築に向けたプロジェクトを実施。ヨーロッパでも化粧品向けの繭生産が行われているらしく、現代の需要に応える養蚕を目指していました。
各国独自ではなく、EUという枠組みの中で絹産業を復活させようというアプローチはとても興味深い!今後、私自身も政策面から絹産業について考えてみたい気持ちになりました。
CREAの研究者たちと話す中で印象に残ったものは、「シルク業界の"Revolution(革命)"を起こしたい」「Save the legacy(レガシーを守っていきたい)」という言葉。日本のみならずヨーロッパにおいても、産業としてのシルクは「衰退」していますが、これまでシルクを通して築かれてきた文化の歴史、人や国同士のつながりに価値を置く姿を見て、私自身も国境を越えた「シルク」というレガシーをもっと広い視点から捉えていきたい気持ちになりました。
おわりに——絹文化を世界とつなぐ
今回の調査を通して、養蚕から絹織物に至るまで本当にたくさんのことを吸収させていただきました。ご協力いただいた方々に感謝を申し上げます。
同時に、イタリアの方々と蚕や絹に対する愛情や情熱を共有することができました。個人としても、今まで日本国内で調査してきた中で感じた絹文化の魅力や課題、これからの展望について、イタリアでも共感し合えてとても嬉しかったです。
全体として今回の訪問で印象的だった点がいくつかあります。一つは、欧州内のアパレル産業の連携の強さ。イタリアではラグジュアリーブランドの背景にいまも産地があることが強みだ、という言葉もありました。つまり、デザイナーと産地が連携しながらそれぞれを鼓舞し、成長していく土壌がある、ということ。他国にアウトソーシングせず、自国内でのものづくりを大切にする姿勢を感じました。
そして、絹文化に対するリスペクトと愛情。シルクを通して世界とつながれるという感覚、そしてシルクへの想いを共有できる仲間は世界にいるということに、とても心動かされました。
帰国してから、国際的に日本の養蚕と絹文化を発信していきたい気持ちがますます高まっています。英語で書かれた日本の養蚕・絹文化の論文・文献が少ない中で、もっと海外に向けた発信や研究活動を加速させたいと思います!
まだまだ書き足りないことがたくさんあります。ということで、11月7日(木)にオンラインで、これまでの私の調査に関する報告と、日本国内の絹産地で実践する方々をゲストにお迎えしたトークイベントを企画中!ご興味ある方は、ぜひ続報をお待ちください(^^)
雑談
道中、イタリアの大学で絹産業を研究する先生に出会ったり、フライトが遅延したことでなんとなく会話した方がイタリアの絹文化に関わっていたり…と、ミラクルな出会いもたくさんありました!
本当に、いろいろと導かれていると感じた日々。すでに、またすぐにイタリアを訪問する予感がするし、ゆくゆくはイタリアに留学しながら現地の実践をたくさん吸収したい、という目標もできました。
お蚕がつないでくれたご縁に本当に感謝。私は、結構真面目に、お蚕が総動員で「このままでは絹自体がなくなる!この状況をなんとか打開してくれ!」とメッセージを発している気がしていて、人間である私はかれらのメッセージを受け取りながら動いている感覚があります。
そうやって動いていくと、本当にいろんな方とつながって、シルクのみならず人生における情熱も共有できる仲間になっていくんですよね。
完全家畜のお蚕は、人間がいないと自分で生きていくことができない。だからこそ、人間に対する何かのメッセージを発しているのかな、と思います。私は、そのメッセージを「研究」や「書く」という形で後世に残したいし、だからこそ、それに見合うように色々と頑張りたいです。
まだまだ自分自身の課題も山積みですが、謙虚と感謝の姿勢で、お蚕の導きとともに、これからもシルクロードを突き進みます!