【Episode 0】4月のひとりごと
4月のひとりごと
窓から見える煙突に、目を瞠った。
吸い込むと苦しささえ感じる空気が、わたしは、あまり好きではなかった。
でも、わたしは、このまちのことを、何も知らなかった。
小学2年生の春、このまちに引っ越してきた。家の窓から見える景色に大きな煙突があることを、とても新鮮に思ったことを覚えている。引っ越してくる前に住んでいた場所とは正反対のようなまちだ、と幼いながらに思った。前のまちには、煙突なんてなかった。大きく息を吸い込むとすっきりとした空気の流れ込むまちだった。
だから、家の窓から工場の煙突が見えたときにはテンションが上がった。本やテレビでしか見たことのなかった景色が広がっていると、誰だってはしゃぎたくなる。それと同じ。工場の電気がついているから、夜も窓の外は真っ暗にはならない。素敵なまちだと思った。
しかし、良いことばかりではなかった。時に空気が霞んで、いつもは見える山や景色がどこかへ行ってしまう日もあった。深呼吸をしても、すっきりとした空気は流れなかった。
人が住む場所に、完璧な場所なんてないのだ――そう気づくのに、何年かかったかはわからない。
まあ、十年もすれば、どんなことにも慣れるんだろう。気づけばこの場所で深呼吸をすることもなくなっていたし、煙突も見慣れた日々の一部になっていた。
そんなまちでの、誰かの日常。
写真について
この作品で使った写真、実は高校1年のときに撮ったものです。カメラを始めるきっかけになった1枚で、個人的にすごく好きな写真。写真部での、先輩からの「とりあえず何か撮ってきて」というとってもざっくりした指示でこの写真を撮りました。
作品について
これ、ほとんどわたしの実体験です。小学2年生の4月に倉敷に引っ越してきて思ったことを、振り返ってそのまま文章にしていきました。ところどころ今の考えが入っているから、ほとんど実体験、です。
わたしにとっては、今回、小説を書くにあたって絶対に避けては通れない話題だったので、思い切って自分の体験をそのまま小説にしました。