見出し画像

『犬王』は和製ロックミュージカル映画の大傑作だった

2022年5月28日に公開となった日本のミュージカル映画『犬王』を見に行ってきました。本来であれば2021年公開だったはずのこの作品、待ちに待った劇場公開、結論から申し上げてかなり面白い映画でした。

見ごたえのあるミュージカルシーン

監督は四畳半神話大系映像研には手を出すなで有名な湯浅政明さんです。

湯浅政明さんの作風はリアリズムとは程遠い独特の世界観描写。上の動画(大好きなアニメ『四畳半神話大系』です)をみていただくとわかるように、色彩、線、すべてがリアリズムとかけはなれています。

そんな彼の作風が今回はまさしく様式的な美学の求められるミュージカル映画にマッチするんじゃなかろうか?と大変期待してました。この期待、見事にヒットしてくれました。

ミュージカル映画において最低限必要なこととしてあげられるのは、突然歌い出してもおかしないと観客が思う、そんな世界観のつくり込みです。その点、『犬王』は時代設定からして室町時代とかなりの大昔となっており、現実世界との距離感はばっちりですし、主人公らは能楽師という極論ショービジネス的な側面のある職業です。このあたりはセオリー通り。

そして、能楽師がまるで『ベルベット・ゴールドマイン』のようなグラムロックのような音楽を奏で、まるでグラムロックのようなパフォーマンスをします(ストーリーも少し似てるかも??)まあ、このあたり古いって感じる人も多いだろうし好みが分かれる部分かもしれませんが。

そのパフォーマンスシーンのアニメならではの湯浅政明さんならではの圧倒的表現力の映像は圧巻です。まさに「待ってました!!」と拍手したくなるようなミュージカルシーンになっています。(アヴちゃんの歌唱も本当に素晴らしいです)

ミュージカルシーンまでの準備も完璧です。前半はいかにもミュージカルシーンがはじまりそうな劇伴を鳴らしつつも、一般的な能楽の範疇と思われる範囲(つまり比較的な自然なレベル)での歌唱しかありません。

こういう自然なシーン導入から徐々に楽器を聴かせ、節を聴かせ、観客を慣らしていくのです。

そしてやがて、「いつになったら思いっきり歌ってくれるんだろう」と観客はじらされることになります。そして、後半。ついに登場人物が歌い出します。この時点では多くの観客がミュージカルシーンを受け入れる準備ができているため、突然、室町時代の能楽師がロックミュージカルを奏で始めても観客は比較的まあそんなもんかと受け入れてしまうのです。

もちろんミュージカル映画の掟である下記記載の、導入演出もばっちりおさえてます。このあたりも手堅い。

https://note.com/koyo_capra_ta1/n/nee58d280da11

(ただ、セオリーから言えばロック音楽を使うなら何かしらのアメリカ的文化とのわかりやすい接点が設定としてほしいところですが……。)

なんでロックミュージカルを歌うのかの野暮な説明がないのも素晴らしい。歌を聴け!魂で聴け!と言わんばかりの歌唱には私も心をつかまされました。

このように、『犬王』という作品はミュージカル映画として日本製のものとしては珍しいくらいに手堅く作られています。そのためいつもは和製ミュージカル映画に厳しい往年のミュージカル映画にも結構受け入れられるんじゃないでしょうか。

野木亜紀子ファンは思っていたのと違うかもしれない

そんな正統派ミュージカル映画と言えるこの『犬王』の脚本を手掛けたのは今のテレビドラマを牽引する時代を代表する作家・野木亜紀子さん。かくいう私も野木亜紀子さんの大ファン。特に『獣になれない私たち』と『空飛ぶ広報室』が大好きです……。

彼女の作品の特徴は何といってもその討論的なセリフの応酬です。ロジカルな登場人物の会話がときに時代の本質を突き、それが視聴者の共感を呼ぶ。アンナチュラルの裁判シーンや逃げ恥の平匡さんとみくりの会話はまさにそういった魅力があふれたシーンでした。

これをテレビドラマ批評家の成馬さんは次のように書いています。

”感情的な盛り上がりや勢いよりも、理性的で論理的に話し合っていく姿にこそ美学を見い出す”

『テレビドラマクロニクル1990→2020』成馬零一著 p387

私もそのように思います。しかしこの作品はミュージカル映画です。野木亜紀子さんの持ち味である、ある種のクールさロジカルさは求められておらず、それ以上にエモーショナルな爆発を求められている作品です。このあたりは正直だいぶアンマッチ気味。

さらに言えば野木亜紀子さんといえばドキュメンタリー畑で育ったこともあり、その徹底的なリアリズムも持ち味も一つ。『犬王』も脚本段階ではきっとすごい精緻な時代考証が行われていたのではないかと思いますが、完成した作品は、登場人物がバレエを踊りグラムロックを歌うというハチャメチャぶり。

そもそもミュージカル映画に厳密な時代考証とかリアリズムというのはなかなかどうもという部分があります。というわけで、この作品ではほとんど生きていないというかめちゃくちゃにされてるくらいに思った方がいいかもしれません。

そういった意味では、正直野木亜紀子ファンが求める魅力が大いに発揮できた作品ということは難しいのではないのでしょうかと思います。

しかし、一方で野木亜紀子さんの構成力はいかんなく発揮されています。そもそも多くの作品がカルト的でわかりにくいロックミュージカル映画というジャンルにおいて、この『犬王』という作品は非常にわかりやすく、追いて行かれないような作品に仕上がっています。これは脚本・野木亜紀子氏による功績が大きいのではないでしょうか。(そのあたりのプロット上の工夫については下記記事が詳しいです)

とはいえ、さすがに子供でもついていけるかはわかりませんが、、、。(その程度にはわかりにくく大人向けということです)

さいごに

そんな日本映画史上最高のロックミュージカル映画はただいま絶賛公開中です。映画館で爆音でロック音楽を聴きたい方、ベルベットゴールドマインが大好きな方、湯浅政明監督ファンなど、みなさん是非映画館で見てください!!!


いいなと思ったら応援しよう!