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未来の生活様式を直観する手法ーブルースカイ/ビジョナリーリサーチ(イタリアのデザインマネジメント理論から)

 本noteは、未来の生活様式を直観する手法であるブルースカイ/ビジョナリーリサーチと呼ばれる未来の生活様式を直観する手法について記したもので、内容は、商品開発・管理学会編『商品開発・管理の新展開』中央経済社,2022年3月の第8章に基づいています。ブルースカイリサーチとは、ムードボード(コンセプトボード)を作成するための材料を集め、集めた材料(画像イメージやキーワード)をボード上にマッピングすることであり、アウトプットは様々な画像イメージやキーワードが貼られたムードボード(コンセプトボード)です(図1参照)―作成されたムードボードから、将来ビジョンの様々な方向性が見えてきます。デザインの特徴として、将来の生活様式を先取りして実現・構想することが挙げられるので、将来ビジョンの策定に時間と費用をかけることは重要です。以下でその具体的な手順を見ていきましょう。

図1

手順1 社会トレンドおよび技術トレンドイメージの収集

ブルースカイ/ビジョナリーリサーチの分析単位として、自動車や家具といった産業分野全体を選択するか、自動車の座席シートや卓上照明ライトといった個々の製品を選択するかは、プロジェクト次第です。たとえば、自動車産業全体を分析単位とするならば、音楽・現代芸術・映画・文学・建築といった分野およびファッションや風俗の分野で自動車に関する社会トレンドを示すようなイメージ写真を集めます。社会トレンドの分析単位としては、上述の「文化の動向」と「ファッション&風俗」という分類ではなく、消費財(建築・デザイン・室内装飾・自動車・食品)と文化産業(芸術・出版・映画/音楽産業・ショービジネス)という分類に従うことも可能です。また、かたち(スタイル)・色・表面塗装・素材といった観点から現在市場で流行しているイメージ写真を集め、その美学的特徴を押さえておきます―とりわけ、モノのかたちには、ユーザーの情緒を喚起し、象徴的な意味作用を持つがゆえに当該製品の購買を決定すると考えるため、かたちの系統的整理は重要です。さらに、将来の候補となる新たなテクノロジーの動向や、現在の技術の課題などもイメージ写真としてボード上に貼付します。こういった技術トレンドを収集する際には、自動車以外の産業(船舶や繊維など)も視野に入れて行います―というのも、ヨットの居住性を上昇させる技術は自動車にも採用可能であるかもしれないし、繊維産業での新技術も同様の可能性があるからです。

手順2 人文学領域に現れる人間の普遍的価値とのすり合わせ


 デザイン志向の将来ビジョンを描くためには、次に、手順1で収集した社会・技術トレンド(イメージ写真群)と、自由・平等・人権といった人文学領域に現れる人間にとっての普遍的価値とをすり合わせる必要があります。そして、そのような普遍的価値が任意の社会トレンドを通じて現代風に表現されていないかどうか、言い換えれば、流行に左右されない普遍的な価値が、文化を牽引する支配集団が形成する主流トレンドにおいて様々な仕方で表現されていないかどうかをチェックし、将来ビジョン策定に活かすわけです―この将来ビジョンは、個々の消費者に対する市場調査を活用しないという点で、デザイン志向の将来ビジョンです。

ガルデーザ(Gardesa)社の事例

 ガルデーザ社は、玄関を含めた各種ドアを手掛けるイタリアのリーディング企業です。ガルデーザ社のブルースカイリサーチを以下に列挙し、それから得られた4つのデザインビジョンと具体例(図2)を示しておきます。

行われたブルースカイリサーチ

(1)新たなドアのかたち(フォルム)の刷新事例の収集
―国外の事例を含めて現代建築が示唆する新たなドアのかたち(フォルム)と(建築学上の)解決案(ソリューション)を分析する。
―家具の歴史から以前に存在するドアのかたち(フォルム)を分析する。
―地域特有のドアのかたち及び海外市場でドアのかたちが現地に適応したパターンを分析する。
(2)ドアに関する技術革新事例の収集
―新たな素材と技術革新事例のマップ(布置)を作成
―既存市場におけるドア構造のマップを作成
―既存市場においてドアが閉じる仕組みを分析
―ドアを据え付ける(設置する)際の問題点を分析
(3)社会の変化による刷新事例の収集
―セキュリティ概念の変容に関する分析
―ドア設置場所に関する慣習と活用法のマップを作成              (4)市場に端を発する刷新事例の収集
―(ドアに関して)他の産業分野から技術移転された事例のマップを作成
―利害関係者とともにデザインプロジェクトを実施した事例ののマップ作成

図2

4つのデザインビジョン

 前項のブルースカイリサーチから、4つのデザインビジョンが得られました。まず、(a)表面の仕上げ(塗装)の対象としてのドアからインテリアの対象としてのドア、というビジョンは、建築物の一部分あるいは住居のセキュリティ設備の一部分という位置づけから、住居のインテリア要素として真っ先に人目に触れる部分へとドアの位置づけを移行させるものです(図2の(a))。次に、(b)セキュリティがクローズアップされることからデフォルトとしてのセキュリティへ、というビジョンが構想され(図2の(b)、これは、ドアのセキュリティがしっかりしていることは製品の差別化要因にならないので(言い換えればドアのセキュリティはコモディディ化したので)、セキュリティの確保を単なる機能と捉えない仕方で訴求することが重要であるというものです。第3に、(c)オブジェ(モノ)としてのドアから場としての入り口へ、というビジョン(図2の(c))では、室外と室内を隔てる2次元の平面的なモノとしてドアを捉えるのではなく、過小評価された空間(場)としてドアを捉えられ、“敷居(戸口)に住まう”というスローガンが掲げられたものです。(d)最後の、セキュリティから自由とセキュリティへ、というビジョンは、自由とセキュリティの弁証法に基づき、一見両立し難い自由とセキュリティを両立させるものです。図2の(d)では、向こう側を見通せるようなドアでありながらセキュリティも確保されたドアの事例が構想されています。
図3は、「セキュリティから自由とセキュリティへ」という(d)のデザインビジョンを表したツリー状の樹形図で、桃色の根の部分が図2における「人文学領域に現れる人間の普遍的価値」に該当します。緑色の斜め線がマクロのトレンドを表したもので、不安・個人主義・恐怖・都市化といった用語がそれに該当します。デザインビジョンを具体化する青色の線(幹)を経て、個々の事例がオレンジ色の言葉で示されています(冒頭の図は、この世の楽園というシナリオのビジュアル・マッピングです)。

図333

まとめ

本noteで採り上げた未来予測法であるブルースカイ/ビジョナリーリサーチの面白さ(斬新さ)はどこにあるのでしょうか?それは、専門家の意見を多数決的に集約した未来予測手法であるデルファイ法でもなく、また、製品の初期採用者(リードユーザー)の意向を反映した製品開発手法でもない点でしょうか。一番の特徴は、人文学上の普遍的な価値と未来の生活様式とを擦り合わせている点ですね。ブルースカイ/ビジョナリーリサーチは、将来の生活様式を先取りして実現するデザイナーの直観に賭けるものであり、環境作りの専門家として人間の周囲にあるモノの振る舞い(採光・人間工学的妥当性・音響環境・幼児にとっての安全性・空間の様式美等)を決めるデザイナー―かたちの専門家でもあります―に依拠するものです。デザイナーは、潜在トレンド対する鋭い直観を備えていますが、これはクオリティ・オブ・ライフを上昇させて人間の幸福を実現するにはどのような生活環境をデザインすればよいのか、という観点から生活世界を彼らが眺めているからであり、利潤を最大化するような典型的な企業家の立場に立っていないがために、人々から最終的に支持されることが約束されているといえるでしょう(急がば回れ)―未来のユーザーと一体化して人間の幸福を意識するデザイナーは、人文学領域に現れる人間の普遍的価値(自由・平等・人権)がトレンドを通じて表現されることに当然のことながら鋭敏なんですね。

図表出典:冒頭:Celaschi,F. and A.Deserti(2007),Design e innovazione,Carocci,p.132, 図1:Celaschi and Deserti(2007),pp.95-104及びScaletsky,C.C. and. G. BORBA [2010],“Blue Sky research concept,” In V!RUS,No.3,São Carlos: Nomads.usp[http://www.nomads.usp.br/virus/virus03/PDF/submitted/1_en.pdf ]より筆者作成,図2:Celaschi and Deserti(2007),pp.140-141より,図3:Celaschi & Deserti(2007),p.133より

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