BPOと民主主義~メディアと視聴者のはざまで
旧ジャニーズ事務所創業者による性的虐待問題に関して、BPO(放送倫理・番組向上機構)が公式見解を出しました。BPOのウェブサイトに全文が掲載されています。要約すると、「放送局にガツンとお仕置きしろと視聴者に言われたりするけど、BPOはそういう機関ではないので、放送局の自主的な取り組みを尊重してしばらく様子を見るよ。議論の場を設けるよ」というものでした。妥当だと思います。
この見解では、社会的関心の高さと視聴者意見の多さに触れていました。たしかに、10月にBPOに寄せられた意見は 5,150件で、先月比なんと+2,647件。これは異例の多さ。普段はだいたい1,000~2,000件ちょっとです。男女比も、いつもより女性が多めですね。
9月、10月は同事務所の記者会見があり、各局が検証番組(のようなもの)を放送したりして、この問題に注目が集まっていたんでしょう。BPOへの意見投稿を呼びかける組織的な動きも、SNS上で見られました。
テレビ業界の人たちが考えているほど、視聴者は愚かじゃないですよ。この問題が芸能界やマスメディアにとどまらず、日本の社会全体を覆っていること、さらには視聴者やファンなど受け手の側もそれに加担していることを、もうみんなわかっていて、このままではまずいと思っているんですよね。
それにしてもBPOというのは、過剰に期待されるか過小評価されるかの両極端な気がする。法的拘束力の無さゆえでしょうか。
BPOの前身であるBROが設立されたのは1997年のこと。当時のテレビ業界では不祥事が相次いでいました。それをきっかけに政権が規制を強めようとするのに対して、業界が危機感を抱いたことから、BROが設立されたのです。
つまり、公権力を介入させず、放送界の中で自律的に問題を解決しようというのが、この第三者機関の基本なのです。
この姿勢が民主主義を成り立たせるのに極めて重要であることを、理解している人は案外少ないように思います。表現の自由は民主主義の根幹を成すものであり、BPOはそれを守るための防波堤(のはず)なんです。
ところが、視聴者はBPOの態度に煮えきらなさを感じて、もっと放送局に厳しくしろというし、業界人はBPOを過度に恐れたり、たいして役に立たないと見くびったりする。
どちらの見方も、BPOの存在意義を正しく捉えているとは思えないんですよね。
BPOの基本姿勢は放送界の自主・自律による問題解決です。もしBPOが強権を発動するなら、その理念に反することになる。第一、放送法自体が倫理規定であって法的拘束力はないと解釈されてきました。
法的拘束力がない、このことの意味は重いです。それは自主・自律と引き換えに負う責任の重さでもある。
BPOのやることがまどろっこしいのは、当たり前なんです。民主主義ってそういうものだから。強引に物事を進めず、正当な手続きを踏んで、裏付けをとり、話し合い、結論を導いていく。時間も手間もかかります。それを惜しむと民主主義は失われる。合理的かつスピーディーに進めればいいと思うかもしれないけど、その代わり自由はないですよ、独裁国家では。
誤解している人が多いようだけど、BPOは放送局を規制するための機関ではない。単なる仲介役です。メディアと市民のコミュニケーションの場を提供しているだけとも言えるし、私はそれでいいと思う。その場を使ってどのような議論を展開するかは、私たち市民とメディア次第なのだから。
メディアと市民の間の信頼関係が失われてコミュニケーションが断絶すると、その隙をついて公権力が過度に発動し、全体主義がはびこるかもしれない。メディアの報道の自由も、私たちの知る権利も制限されてしまう。そんなの嫌じゃないですか?
だから、テレビ番組見てておかしいな、と思ったら遠慮なく意見を送ればいいし、番組作っている側もそれをちゃんと受け止めてほしい。双方向のやり取りを地道に続けていくしかないと思います。
BPOはいつも “注視” しかしない!と不満の方も数多くおられますが、メディアを注視して過ちを指摘するのは、本来私たち視聴者の役目なんですよ。先行きがどうなるか、しっかり見届けましょう。
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【追記】BPO設立の経緯と役割については、民放連のウェブサイト「民放online」にある発足20年記念の連載記事の番外編が、よくまとまっていてわかりやすいです。
年表もあります。BPO本体のウェブサイトより、こっちの方が詳しく書いてある。いろんな不祥事とか政権とのやり取りにも言及。
でもって、それらの記事リンクをまとめたのがこちら↓。BPOについては誤解が多いようなので、業界の人も一般視聴者もこういうの一度読んでみてほしいです。「BPOなんか役に立たないよ」と言う前に。
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