障害について
きっかけ
今回は世の中で、「障害」と呼ばれるものについて書きたいと思う。これについて考え、書くきっかけは大きく3つある。
3つともの詳細を書くと長すぎるので、2つは簡潔に紹介する。(それでも長いか)
1つ目は、今勤めている会社で「障害者」の枠で採用している本部社員の1人が、会社の超重要な仕事に携わっていて、しかもその業務内容は他の社員は誰1人としてできる人間がいないという事実を知った事。(企業のリスクマネジメントとしてどうなの!?)
2つ目は、バスの優先席でゲームばかりしていて、年配の方が立っているのに全く気付かない小学生の男の子を注意しようかと思った時に、その子のランドセルに「ヘルプマーク」がついてる事に気付き、注意を思いとどまった事。
3つ目は、先日友人と園児から小学生時代にかけての事を話していた内容である。
生活の場所
その友人の通っていた幼稚園では、世間で言うところの「障害者」も「健常者」も同じクラスだったらしく、その幼稚園で過ごしていた時は「障害者」という事に全く気付かなかったという。(そもそもその幼稚園の園児の中でその様な概念もないし。)
そして、小学校に上がると「障害者」と呼ばれる子達には別のクラスが用意されるようになり、そこで初めてその存在に気付いたという事である。
この話を聞いて、良い幼稚園だなと思った。
きっとそこでは、「障害者」と「健常者」の区別はなく、自然にお互い助け合ったりしながら過ごしていたはずである。
お互いの能力の得手不得手などを本能で感じ取り、理解しながら。
自分が過ごした小学校では(殆どの小学校も同じだと思うが)、「障害者」は別のクラスが用意されており、授業はもちろん、学校生活での人間関係も切り離されていた。
たまたま仲のいい友人の兄弟がそのクラスにいたので、自分にとってその「障害者」のクラスにいた子は、普通の生活の中にいる当たり前の存在であった。
家族である友人からしたらより強くそう感じていた事であろう。
世の中で「障害者」、「健常者」と呼ばれる人達との違いはあると思う。
でも、「健常者」と呼ばれてる人の中でも数え切れない程の違いがあり、その「健常者」間の違いと「障害者」、「健常者」間の違いは全く別物なのだろうか?
違いによる分断化
例えば、「健常者」と呼ばれる子供達が通うクラスの中でも理解力や得手不得手の差で、勉強の成績が悪い子でも体育の成績は優秀だったり、逆のパターンもあるわけで、人と人との間に能力や得手不得手などの違いがある事は当たり前である。
だから、「健常者との理解の速度に違いがある」とか、「授業内容や進め方に違いがある」などの理由は十分に理解できるが、それってわざわざ分けなくても、常に誰しもみんなそうなんじゃない?と思う。
その違いを認めて、お互いの得意分野を活かしたり、苦手なことを補い合う知恵を育むには、専門家に頼るのも1つの手だとは思うが、共に生活をする事が一番大事なはずである。
その学びは、教室の中にあるものではなく、いつもの生活の中にあるものだから。
家族の話
例として、自分の家族の話をすると、自分には7歳離れた弟がいる。
その弟が中学だか高校の時に、(きっかけも正しい時期も忘れたが)初めて弟が色覚異常だったと判明した。
色覚異常にも多くのパターンがあると思うが、弟の場合、ピンクや黄緑、緑、水色などが色の濃淡こそ違えど、灰色に見えてしまうものだった。
代わりに、色覚異常の人にはある特定の色が他の人より鮮やかに見えるらしく、弟の場合は「青色」がより鮮やかに見えるらしい。(このパターンは多いらしい。)
なので、濃い緑色の黒板に重要事項としてピンクのチョークで書かれた部分は灰色っぽく見えるため、通常の白のチョークで書かれた部分との違いが分かりにくいらしい。
発覚した時、弟は「だから成績が悪いのはしょうがない!」みたいな事を言っていたが、先生の話を聞いていれば、どこが重要事項か分かる事が多いと思うので、色覚異常が及ぼす成績への影響の大きさは断定できない。
ただ、発覚後に先生に色覚異常を申し出て、色覚異常でも識別しやすいチョークを使ってもらう事になったが、恐らく成績はそこまで変わらなかったと記憶している。笑
思い返せば、発覚するまでも家族とのやり取りの中でもお互いに「ん?」と引っかかる程度の事はあったが、それが色覚異常によるものだと発覚するまではお互いに「異常」だとも思わなかった。
母親は発覚した時、弟が「色覚異常」を持ったことに対して、恐らく産みの親としての責任みたいなものからなのか、ショックを受けていた。
一方、その時の自分は
「弟は多くの人が一生かけても見ることができない、美しい色を知っている。」
という事に羨望していたので、母親がショックを受けている理由がよく分からなかった。
直接本人にショックの原因を詳しく尋ねなかったが、今となっては歳を重ねたので、想像すると、少しはそういったショックも理解できる。それでも羨ましさの方が大きいが。
父親に関して言えば、メニエールを患っており、眩暈などの症状がない時でも難聴の傾向があるので、普段生活していても会話がスムーズにいかないことが多い。(本人が人の話を聴こうとする意識があるかどうかも大きいと思うけど)
そして、母親は毎月倒れる。(これに関しては、詳しく書かないので、察して頂きたい。)
家族だけとってもこれだけの違いがあるのに、社会的扱いでは「健常者」とされる。
果たして、「障害」とは何か。
その様な区別は必要なのか、そもそもその様な区別は存在するのか。
毎日が障害物競争
家族にこの様なキャラクターが居なくても、身体的でなものではない「障害」を考えるきっかけの1つに面白いテレビ番組がある。
Eテレで平日23:55からやる『2355』という番組の『日本で暮らすアメリカ人です。 Obstacle Course』という期間限定のコーナーである。
アメリカで多くの時間を過ごしてきた、写真家であるエリザベス・コールさん(僕が敬愛する小沢健二さんの奥様でもあります。)が、日本で暮らしている時に感じる違和感、疑問、不便さ等をObstacle Course(障害物競争)としてユーモアたっぷりに紹介している。
これを観るだけでも、この世の中は必ず誰かにとっての障害だらけなわけで、それは人種、文化、性別や年齢等によっても違う事が見て取れる。
そんな世の中に溢れる「障害」と呼べるのかも分からない人や物事を、別の世界として切り離したりせずに、お互いを、そこにある違いを理解しながら、想像しながら、助け合って生活していけたらいいなと思う。
また、今世の中にある「障害」の多くは、大人が生み出した幻想で、本当は「障害」ではなく「違い」なのでは、とも思う。
現に、この世界は切り離そうと思っても切り離すことなんてできず、全てが繋がって、生活を共にしているわけだし。
とにかく、様々な視点を想像して、理解する事ってとても大切な事だなと感じ、それができる人間でいたいな、と思って生活する毎日であります。