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残暑、京都お散歩日記

 食事は残さず食べなさいと幼い頃から何度となくいわれてきました。どれだけ苦手な食べ物があっても給食を残すことは許されませんでした。嫌いで嫌いでたまらなかった茄子の煮浸しは丸ごと一本分を丸飲みして牛乳で流し込みました。うまく流し込めなかったらあの日の給食後に僕は死んでいたかもしれない。生と死を分つ分岐点をそうやって知らずうち、ギリギリのところで生を選び生き抜いてきたのかもしれない。

 僕でさえ、あれだけ命懸けであのくそまずい茄子さえ残さず食べてきたのに夏の野郎は暑を残しすぎなのではないか。放課後、掃除の時間が終わってなお、椎茸が食えず、ハワイが年間で日本に近づいているといわれている長さレベルのミクロの量をちびちび食い続けていたあの子は元気だろうか。自分が母親になり、息子なり娘なりに食べ物は死んでも残すなよという教育に偏ってしまったであろうか、それとも自らと同じ苦労はさすまいと、嫌いなら残せばいいよホトトギスと教育しているであろうか。

 残暑を呪詛しながら歩いていると、この呪詛こそが僕の創作の糧になっているのだと思う。元来が根に持つタイプであり、至るところのあらゆる人々のさまざまな言動に対し、呪詛し続けております。このくらいのストレスが存在しないと面白いものもできあがらないのだとすれば、いつもなんらかの呪詛に塗れていたいと思う程度には僕の暮らしに創作が不可欠ではあるのです。

 四条通り沿いのルイ・ヴィトンの入口の扉が開放されており、冷たい空気が歩道に吹いてきたのでありますが、財布のなかに北里柴三郎と野口英世が数枚しか入っていない僕にはここに入る資格がない。店内で体の芯まで冷やしてから改めてお散歩したいという気になったのだがしかし、こんな僕にヴィトンの人たちは「いらっしゃいませ」すら言わないであろう。無理やり入店しようものなら熱々のお茶漬けをぶっかけられるかもしれない。ヴィトンならその程度には京都のいけずを履き違えている可能性があるではないか。

 昨夏に続き今夏も一度もクーラーを使うことなく夜を過ごした僕は別に冷えたヴィトンになんぞ入らずともよいのである。河原町方面へ歩く。おととい、ライブは終わったので歩きながら台詞を唱え続ける必要もない。台詞のいらないお散歩とはこんなに快適なものなのかと思う。これだけ快適であればなおのこと冷えたヴィトンなど不要である。

どうしても入れなかったヴィトン


 
 四条大橋の西詰にある東華菜館を通り過ぎ、橋をわたる。ドラゴンクエストでは橋をわたった途端にモンスターが強くなったりするわけであるが、京都では橋をわたると空気が変わる。鴨川をわたり東へ降り立つとなんとなく「暗」とか「陰」とか「翳」とか、そういう空気に包まれる。華やかな花街である祇園にもそこはかとなくそっちの空気があり、どこか湿り気があるのであります。橋をわたる手前の木屋町にも確かにその空気はあるのでありますが、木屋町のそれよりも深いところで蠢く人間の性のどうしようもない暗さが支配しているような気がするのです。僕はこの空気が好きなので定期的に歩きにきていると、いうわけで。

 と、いうわけで。

と、いうわけで。


 
 そんな暗く濡れそぼった空気は六波羅蜜寺のあるあたりまでいくと、さらに妖しくなっていきます。小野篁がこの世とあの世を往来したという六道珍皇寺の井戸の伝説も、このあたりがどことなく死の匂いのする場所であることから、実際にあった話のように思えてきます。もともとこのあたりは葬儀場だったんでしたっけね。轆轤町という町名も元々は髑髏町だったと聞いたことがあります。

マッチでーす!っていうだけで
全然似てない近藤真彦のモノマネみたいな
六波羅蜜寺



 六波羅蜜寺では初めて空也上人像を見てきました。あのミニチュアの阿弥陀様が空也上人の口から出てきてる有名なやつです。写真で見る空也上人像はいつも同じ角度で、左前に向かって阿弥陀様を吐き出していますけど、実物の展示は他の角度からも見られるわけです。逆の角度から見ると思ってた以上に腰が曲がってる感じがしましたし、正面から眺めると阿弥陀様がピノキオの鼻みたいに見えました。見方を変えると見え方が変わる。像でさえそうなんだから人間だって見えないところに知らない人間性があるはずなのですけど、嫌いな人には嫌いというレッテルを貼ってしまいますよね。

ろくはらにハッピーは似合わないけど
その取り合わせが妙にええやん



 ハッピー六原でスポーツドリンクを買い、途中安井金比羅宮に立ち寄るとあのシュレッダーの塊みたいな石の穴をくぐりぬける順番待ちや絵馬をいただく社務所あたりは若い女性がたくさんおられ、悪縁切りというおどろおどろしいご利益の割にはずいぶんポップみたいな扱いになっている気がするのですけど、相変わらず架かってある絵馬に書いてある内容はえげつないものがありました。

 再び四条通りに出て、出雲阿国像を見上げてから四条大橋をわたり河原町へ。何を食べるか悩んだ挙句、リンガーハットでちゃんぽん食べて帰りました。お腹にもお財布にもちょうどいい優しさなのはリンガーハットなのでした。

野菜いっぱいにしました

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