短編小説『なめろう大使』
令和4年9月20日
俺が何をつぶやいても1分もしないうちに必ず俺のツイートに「いいね」してくるアカウントがある。「なめろう大使」という名前でプロフィール画像には鎧兜の写真が使われている。フォロワーが250人ほどいて、フォロー数が600くらい。プロフィール画面には自己紹介らしいことが全く書かれていないのだが、いくつかツイートを確認してみたところ、特にやばい人ではなさそうだ。特に危険なアカウントというわけではなさそうだが、何をつぶやいても必ず1分以内、早いときは15秒ほどで「いいね」が付くのだ。俺がツイートをするタイミングは俺しかわからない。朝、起き抜けに「今日は目覚めがよい。快晴」とつぶやいても、夕焼けの写真と一緒にいきって「fragile」などと書いても、夜に阪神の試合結果をつぶやいても、いつでも必ず1分以内に「なめろう大使さんがあなたのツイートをいいねしました」とお知らせが入る。俺は少し怖くなったので一週間ほどつぶやくのをやめていたんだが、一週間ぶりに「国葬さゆり」と一言だけツイートしたら、30秒もしないうちに「なめろう大使さんがあなたのツイートをいいねしました」。
この「なめろう大使」は、理由はわからないが、俺のツイートを追いかけている。そうでなければ、この速さで「いいね」ができるはずがない。何か被害があるというわけではないが、怖い。何が怖いかといえば、俺のどんなツイートにも必ず「いいね」をする節操の無さも怖い。試しにどんなつまらないツイートや過激なツイートにも「いいね」をするのか試してみることにしたが、「うんこちんちん」とつぶやいても「なめろう大使さんがあなたのツイートをいいねしました」、「乳首を触っていたら取れて転がっていっちゃいましたがどこぞで何者かがイジってるみたいで気持ちいい」とつぶやいても「なめろう大使さんがあなたのツイートをいいねしました」、「お尻が二つに割れちまいました」とつぶやいても「なめろう大使さんがあなたのツイートをいいねしました」、「安倍ちゃん国葬にするなら俺も国葬にしてくれや」と少しばかり政治的なツイートをしてみても「なめろう大使さんがあなたのツイートをいいねしました」。全部1分以内に「いいね」がつく。この実験の代償は大きく、1000人ほどいた俺のフォロワーは250人ほどに減ってしまった。
という一連の「なめろう大使」の奇行について職場の同僚の島崎さんに相談してみたんだが、島崎さんはTwitterをやっていないらしく、「いいね」とか「アカウント」とか、そういうことがよくわからないものだから会話がまったく成り立たない。島崎さんはもう定年間近のおっさんだから仕方ないかもしれないが、自分が同じ年齢に差し掛かった頃、こうではいけないと思うと同時によりにもよって島崎さんに相談した自分もアホだったと苦笑していると、俺と島崎さんの会話を聞いて澤井さんが口を挟んできた。
「それは羽島さんと近しい人物の裏アカウントなんじゃないですかね。羽島さんが怖がってるのを面白がってるんじゃありませんか」
「しかしそんな暇な人がいますかね」
「現にその何でしたっけ。なんとか大使さんは暇じゃないとそんなことはできないですよ」
「それにしても何のためにか全くわからない」
どういうことか全く意味がわからん。とツイートしてみたら10秒もしないうちに「いいね」が付いたのでビクッとなったら「澤ガニさんがあなたのツイートをいいねしました」とお知らせがあり、「羽島さん!僕です!僕がなんとか大使より先にいいねしたりましたよ!」と言ってきた。そのツイートには「なめろう大使」から「いいね」が付かなかった。それから何日か、「なめろう大使」から「いいね」がなくなり、それはそれで気になるのでアカウントを覗きにいったらプロフィール画像が鎧兜からウサギの写真に変わっていた。ふと気になったからフォローのところをタップしてみたら、お笑いタレントや作家、政治家、橋下徹などをフォローしており、思想的には左も右も節操はなく、ラーメンや猫、アイドルなどまんべんなくフォローしているなか、一番下のところにプロフィール画像が鎧兜の「ままかり天使」というアカウントがあったのでタップしてみたらプロフィールのところに「島崎孝雄、会社員」と書いてあった。
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