【短編小説】これは恋じゃない
ふと気づくと、君のことを考えている。
別に大したことじゃない。今どうしてるかなとか、そんなこと。
こんなに淡い気持ちは、恋とは呼べないだろうと思う。
君とのやり取りがなくなって、もうどれだけの時が経っただろう。
自分から送ったメッセージにも返答はなくて、自分からも送る気にはとてもなれなくて、いつか落ち着いたら、気が向いたら連絡があるかもと思って、そんなヘタレな自分に気づいて、いたたまれなくなる。
だったら、もう忘れてしまおうと思うのだけれど、頭の隅に君がいつまでも居座っている。普段は仕事や日常に追われて、いや無理やり追われるようにして、あまり考えないようにしているのだけれど、ぽっかりと空いた時間に、「やっと時間ができたね」と言わんばかりの表情で立ち上がって、自分に向かって、君は優しい笑顔を見せるから。
その内、君のことを夢に見るようになった。
夢の中で、君は自宅でパソコンに向かっていることが多い。以前聞いていた大学の課題でもしているのかと、画面を背後から覗き込んだら、日記を書いていて、思わずフフッと笑ってしまった。夢の中の君は、キョロキョロと辺りを見渡して、また画面に視線を戻してしまう。自分の笑い声が聞こえたのかと危惧したが、これは夢なのだから、そういうこともあるのかもしれない、と考えを改める。
自分は、君とそれほど仲がいいとは言えなかった。もちろん、すれ違ったら楽しく話すことはあったし、連絡を取り合ってもいたけれど、君の家に足を踏み入れたこともない。それなのに、夢の中では、割と詳細に君の家の中の様子とかが再現されている。家に行くことはないだろうから、これが本当なのかどうか確認する術もない。それよりも自分の想像力、いや、妄想力のたくましさに嫌気が差す。
お互いのSNSアカウントは知っているから、君が変わらずにいることは、投稿内容から見てとれる。自分もせめて元気だとは伝えたくて、それが分かるような投稿をしている。君が見てくれているかも、分からない。リアルで会っている人は、ほとんどいない世界だから、弱音や愚痴も吐いてしまっているけど、それを読んで君はどう思っているのだろう。
君の夢は数日おきに見る。寝ている時に君がしている行動をのぞき見している気分だ。一度風呂場にいる君を見たことがあって、直ぐにその場を出ようとして目が覚めたこともある。自分は幽霊のようにその中を自由に動き回れる。君の前に立ってみたこともあるけれど、夢の中の君に、自分の存在は認知されないようだった。たまに気配を感じるのか、さっと視線を向けられることはあれど。
別に自分は君に恋をしているわけじゃない。
でも、夢の中で君に何度も会うたび、自分の頭の片隅にいた君の存在は、少しずつ大きくなってしまっている気がする。夢の中の君が元気ない様子だと、体調でも悪いのかと気になる。逆に好きなことをして、表情が緩んでいるのを見たら、自分も同じことをして、同じ気持ちを分かち合いたいと思う。
自分は、ただ君と一緒の時を過ごしたいだけだった。
ある夜、サブスクの動画サイトで、映画を見ている君を見た。後ろから覗き込んだだけでは何の映画か分からない。ただ演者の顔は知っている。多分恋愛ものだろう。声は聞こえないが、サイレント映画としては……見られなくもない。映画の中で女性が泣き出した時に、君はつられたように泣き出した。
涙を拭おうとして手を伸ばしたが、できるわけもないと思って、躊躇った手に力がかかる。視線の先には、涙に濡れた君の瞳があった。君が自分の手に指を絡めて引っ張ったのだ。
「して……」
夢の中の君に話しかけられた状況に、何も言えずに君の顔を見つめていると、少し怒ったような表情で、君が口を開く。
「黙って見てないで、連絡して」
「っ……」
きつく閉じた目を再度開いた時には、君の姿はなく、カーテンから漏れる日で包まれた薄暗い天井を仰いでいた。
「よかった。連絡くれて」
君からの返答に力が抜けたような気がして、その場にへたり込んでしまった。
スマホを新機種に交換した際、連絡先が手違いで全て消えてしまった。こちらから送ったメッセージも、タイミングの問題か、上手く届かなかったらしい。君も自分からの連絡を待っていたというから、呆れる話だ。
連絡が取れた今となっては、笑い話だが。
「元気に頑張ってることは、分かってたんだ。その邪魔はしたくなかったの。何かあるなら、書き込むだろうし。なら、返答ないのに、連絡しても、って」
「自分も同じことを思ってた」
「やっぱり似た者同士だね。私たち」
そう言われて、でも抱いている気持ちは違うんだろうと思う。ただ、そこを今すぐに同じにしなくてもいいんじゃないかとも思う。
「今度どこかに遊びにいかない?」
「いいね。どこにしようか」
「いい景色が見たいかも」
「なら、少し遠出しないと」
きっと画面の向こう側で、顔を緩めて微笑んでいる君を思いながら、自分を言い聞かせるように、呟く。
「これは恋じゃない」
終