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紺野登の構想力日記#11

イノベーションのためのジャーナリングの教科書【3】

ジャーナリングメソッド:
自分だけの知のエコシステムを創り上げる

◇ イーロン・マスクのジャーナリング

スタートアップや起業家にとってジャーナリングは欠かせない。日々のルーティーンの中に自己フィードバックを埋め込むことは必須だからだ。

あらためて、フィードバックとは、電気回路などで出力したものの一部を入力の側にもどすことだが、社会学・心理学・教育学の用語としても使われている。あるシステムを補強・修正するため、一定の行動をおこなった後にその反応をみて、行動を変化させることである。
ジャーナリングは、このフィードバックのためのツールとしてとても意味深い方法なのである。

ジャーナリングは言ってみれば毎日の習慣、生きていくうえでの作法である。この作法が、日々の精神のエクササイズとなる。そして、個人の構想力を鍛え、構想を実行する力となり、その成果を確かなものにしていくためのフィードバックのツールとなるのだ。

自己認識と自己鍛錬のためにジャーナリングを使っている現代人は多い。
最近の一例はテスラのCEO 、イーロン・マスクである。

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彼は、大きな夢を持ち、長時間働き、多くのリスクを冒す。そんな彼には、仕事の生産性を維持し成功に近づいていくために、みずからに課している日々の行動がある。

◆ 毎日の作法を開発する
◆ 非効率性を取り除く
◆ パーソナルエコシステムを形成する

このなかにジャーナリングが埋め込まれているのだ。
とくに二番目の「非効率性を取り除くこと」のために、ジャーナリングは大きな効果があるという。
特定のタスクに時間をかけすぎていないか? これらのタスクを自動化またはアウトソーシングできないか?
1日の時間がなぜ足りないのか? ソーシャルメディアや重要ではない他の何かに時間をとられていないか?
ジャーナリングによって自分の時間の使い方を客観的に見られるようになると、さまざまな障害や非効率性が明らかになっていくのである。
実際にジャーナリングを続けてみるとわかるが、あとから読み返すと、過去に自分がそんなことをしていたなんて信じられない、という気持ちになるものだ。

また、イーロン・マスクにとっては、ジャーナリングは、パーソナルブランドの確立と強化のためにも力を発揮しているはずである。
驚異的な忙しさの彼に、ものを書く時間などないはずだ、と思うかもしれない。しかし、彼は日々ソーシャルメディアアカウントに書き込む。それを、彼に注目する世界中の人たちが読み、そしてその考えや行動を知ることになる。言い換えれば、280文字の公開ジャーナリングによって、大著の自伝などよりよほど効果的に自身の構想を周知させることができるのである。

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人々が科学について考える多くは、実際は工学です。たとえば、「ロケット科学者」なんていない。いるのはロケットエンジニアだけです。後者が人間を月に送るんです。


◇ 創造的ルーティーンとしてのジャーナリングの方法

日常の創造的ルーティーンとしてのジャーナリングの方法について簡単に紹介しておこう。
こうしたメソッドの多くは、イエズス会の祖、イグナチオ・デ・ロヨラにまた戻るのだが。

ジャーナリングにこれといった決まりはない。しかし、参考として、下記のような準備やステップが望ましいと思う。

〔1〕ノート(ジャーナルノート、日記帳と思えばよい)と筆記用具を用意する。人によってはEvernoteのようなオンラインツールを使ってもいいだろう。ただ、いずれも自分が親しめるツールであることが望ましい。

〔2〕自分への質問を記す。特に目的がない場合は何でもよい。「その日、何が起きたのか?」「何を読んだか?」「何を学んだか?」「何が楽しかったか?」「誰かを助けたか?」「何に感謝するか?」など、好きなものを選んで書く。
日々のジャーナリングに慣れてきたら、より意識的な問いへと移行していくのがよいだろう。たとえば、ぼくは以前「賢慮のリーダーシップ」について研究していたのだが、その研究成果をベースに、賢慮のリーダーシップを養うエクササイズとして、以下のようなジャーナリングの問いを発案した。(そして実際に、大学院の授業に採り入れた。その成果については後述)

 ➀ その日どのような判断をおこなったか?
 ② その日どのような場をつくったか?
 ③ その日見たものは何か? 見えていないものは何か?
 ④ その日の自分の仕事は〇〇である
 ⑤ その日どのような正しい行動、実践をおこなったか?
 ⑥(明日は)どのような社会を創りたいか?

〔3〕リラックス(深呼吸など)して、気づいたことや思いついたことを何でも書き記す。

〔4〕文法を気にしたり、美しい文章を書こうなどとは思わないこと。

〔5〕1週間ごとに見直し、さらに1か月ごとに見直しをおこなう。
たとえば、上記の「賢慮のリーダーシップの6つの問い」についてジャーナリングをおこなうのであれば、最初の3つの問いを約2週間、残りの3つを約2週間、約1月ジャーナルを記し、一巡したら見直す。

〔6〕 これを日々繰り返す。そして、目的が定ったら、それに向けて6つの問いを月一回まわし、9回つまり9か月繰り返す。

〔7〕9か月後に大きく振り返る。

以上がおおよその流れだが、始める前に、「肩ならし」のエクササイズをやってみよう。
原稿用紙(400字詰)と筆記具とストップウォッチを用意する。これは紙と鉛筆がよい。そして、何でもよいので1つテーマ・質問を決める。まず、3分間でそのテーマや質問についてどこまで書けるかを自分で予想して、原稿用紙のその箇所に線を引く。その後、実際に書き始める。ストップウォッチで3分間はかり、集中して手を動かす。文法や構成などはまったく無視してかまわない。頭に浮かんだことを次々と淀みなく記すようにする。終わったら見直す。これをもう一回繰り返す。

こうやって、「書く」ということについてのバリアを低くしよう。

このようなエクササイズのいっぽうで、できれば電子メールやSNSを一時的に読まず、送らず、自分自身を見つめる時間を作るといったことにも意識を向けてみることをすすめる。
たとえば、一日、あるいは半日でもいいので、電子メールから遠ざかる。また、メールでもSNSでも、すぐ反応したり返答したりせずに、3分間黙考の時間を経てから返信するよう意識する。
なぜこうしたことが必要かといえば、以前も書いたとおり、いまぼくらはインターネットの世界に取り込まれてしまい、自分自身を見つめる時間が失われていることが多いからだ。

そして、1日のおわりに再びジャーナリングをおこなう。これを1週間行う。さらに1か月つづけ、9か月後に大きく振り返る。

◇ 自己発見的なフィードバック

自分自身のジャーナル・ノートを見直して、何を感じただろうか?
何がよくわかり、理解でき、何が弱かったり脆弱だったりしただろうか?
日々の実践で気づいたこと、全体において何がどう変化しただろうか?
目的は達成したか?
何が課題なのか?

これは一人一人に委ねるしかない。少なくとも、日常の中での実践的智慧の自己研鑽、ということについて何らかのイメージがもてれば成功である。

多摩大学大学院の授業でも、ジャーナリングを採りいれたことがある。「賢慮のリーダーシップの6つの問い」についてジャーナリングをおこなった。その例をいくつかの大学院生の感想から断片的にみてみよう。

「この授業では初回の授業以降にジャーナリングを毎回行いました。振り返って読み返してみると、そういえば授業中にこのようなことがあって、こんなことを記述していたということを思い出します。もし記述していなかったらこの回想もかなり薄いものだったと思います。
 学びの中で一番効果があるのは、自らの実体験をとおしてであると言われています。その点、経営者が実体験を考え、思いを記録しておくというのは、その時点では思考の整理として意味があり、反省という点で効果があることを漠然と感じます。また、振り返って読み返した時に、記述当時の考えと読み返した時点での考えが異なることもあり、そこに何かを発見できそうな気がしました」
「ここまで、6つのテーマを講義で学び、ジャーナリングで内省してきたが、書きながら、常に「バランス」がとれていないと感じていた。どの場合もどちらかに極度に偏っていることが多い。「判断」に関しては「普遍」に、「実践知の組織化」では、明らかに「慕われること」に寄っていた。また、6つのプロセスは、個別ではなく、6つを通して価値があるとすれば、「判断」ばかりに時間をかけて、何一つ具体的に進展させてはいない。そのため、本講義は自分の特徴を知る指標となった。そのため、「賢慮のサイクル」の6つのプロセスを眺めていると、自分を俯瞰してみることができ、私にとっては「対極図」のような意味も持ち合わせる。そして、自分の活力を保ち続け、中堅社員や上司となった際に、主体的に社会の問題を解決いていくためには一体何ができるのか」という問題意識に対しても、6つのプロセスを遂行する能力が、その一助となる。また、自分を俯瞰して見ることで、常にこの問題意識を思い起こし、今の組織に浸かりきった偏った考え方になるのを避けることに繋がると考えられる」


◇ ジャーナリングによる実践へのジャーニー

いろいろなことを頭で理解してもそれで行動ができるとは限らない。
たとえばイノベーションでも戦略でも、いろいろなモデルや理論や戦略を頭に詰め込んでも、それで実践できるとはかぎらない。そこには大きなギャップがある。
ギャップを埋めるのは、自己フィードバックプロセスだと考えられる。
それは自己観察と内省、そして特定のステップを踏んだ意識の変化を生み出すところにポイントがある。

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この図は雛形だが、ドラッカーが言うような9か月の「ジャーナリングのジャーニー」を図示したものだ。
9か月は同じように進むわけではない。最初は「本当にこの目的が良いのだろうか」といった、迷う時期があるだろう。いわば意思の形成時間だ。
次に、それに基づいて試行錯誤する時期となる。
そしていよいよ焦点を定めて実践する段階に入っていく。そのときの自分は、もはや過去の自分ではないだろう。9か月後の自分は9か月前の自分とは異なるのだ。自分自身が力を得たことをフィードバックで知るだろう。

◇ 新たな文脈の発見

ジャーナリングは、自分の哲学つまり賢慮やヴィルトゥ(力)を形成するという意味で重要だが、それは同時に過去の自分が何を思ったかを知ることでもある。ただし、このフィードバックは、通常いわれる「内省」とは多少ニュアンスが違う。単なる実践→内省→学習→実践→・・・という改善的な行動モデルでなく、内省した内容を記録してその記録を飛躍のために活用することに意味がある。
内省(reflection)がリーダーの日々の実践において重要だということは当然だが、フィードバックの狙いは、目的に基づいて、新たな習慣の形成(型の追求)、同時に自分自身の過去(記録)を見直す、という新たな自己形成プロセスにある。

リーダーシップ教育では内省や反省は常に重視されてきた。私たちが自己を知ろうとするときにまず行うのが反省である。ただ、じつのところ「反省」は自分の世界、主観的な範囲を超えることがない。それを超えるために、かつての自分を別の角度から見直すことが求められる。ジャーナリングはそのツールなのだ。
そしてさらに、ジャーナリングによるフィードバックを通じて、新たな文脈の発見、新しい物の見方(視点:point of view)を見いだすことが真骨頂である。なぜならイノベーションとは目先の問題解決ではないからだ。

アインシュタインは「問題を作り出したのと同じレベルの思考では、その問題を解決することができない」と言った。また、「問題を20日で解決しなければならないとしたら、私は19日かけてその問題を定義する」(大切なことは問題をどう解決するかではなく、何が問題なのかをつきとめることである)とも言っている。
当初のレベルを変える、視点を転換することがイノベーションにおいては重要なのである。

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過去からの学習や分析だけでも、あるいは未来を先取り学習しただけでも、新たな価値を生み出すことはできない。実践するのはほかでもない、いまここにいる自分だからだ。自らの状況に基づいて、新たな場や世界に置かれた自分を再発見することが重要なのである。(つづく)


紺野 登 :Noboru Konno
多摩大学大学院(経営情報学研究科)教授。エコシスラボ代表、慶應義塾大学大学院SDM研究科特別招聘教授、博士(学術)。一般社団法人Japan Innovation Network(JIN) Chairperson、一般社団法人Futurte Center Alliance Japan(FCAJ)代表理事。デザイン経営、知識創造経営、目的工学、イノベーション経営などのコンセプトを広める。著書に『構想力の方法論』(日経BP、18年)、『イノベーターになる』(日本経済新聞出版社、18年)、『イノベーション全書』(東洋経済新報社、20年)他、野中郁次郎氏との共著に『知識創造経営のプリンシプル』(東洋経済新報社、12年) 、『美徳の経営』(NTT出版、07年)などがある。
Edited by:青の時 Blue Moment Publishing


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