見出し画像

「パラ実在」という世界観について


Konno,N.(2024)"Kōsō-ryoku: Conceptualizing Capability -- For Innovation and Management in the Age of Para-existence--” Springer.

この夏(2024年7月)にシュプリンガー社(本社ドイツ)から構想力をテーマに新著(英語)を出版しました。構想力については、2018年に『構想力の方法論』(紺野登、野中郁次郎 日経BP)を出版しているのですが、この新著では、全体をくくる大きな世界観として「パラ実在(社会)」(並列的自律的社会)というコンセプトを新たに提示しています。このコンセプトについてみなさんから質問されることが度々あり、日本語で簡単に紹介しておこうと思いたちnoteでまとめてみました。



イノベーションと4つの世界観

「パラ実在」(para-existence:共在)という考え方は、21世紀中盤に向けての世界、経済や社会をどのように見るか(生きるか)という一つの世界観(world view)です。
世界観とは今の現実を踏まえながらも、これからの世界をどのように捉えるかという視座であり、未来洞察です。それはとりわけイノベーションを考える上で重要になります。なぜなら、どのような世界観をもつかによって、目指す社会や経済の枠組みが大きく変わり、イノベーションのあり方も変わるからです。私たちはイノベーションが重要というのですが、それはどのような世界観に基づく未来像において有効なのか、今一度考え直す必要があると思います。
アメリカ大統領選でトランプ再選後の11月、ヘッジファンドの創業者で著名投資家のレイ・ダリオは、トランプ後の世界について11月末のYouTubeで次のように語っています。これは、多様で自律的なパラ実在社会(世界)に通ずる観察の一例です。

「戦後の世界秩序は重要な形で変化しています。戦後、アメリカは国連、WTO、世界銀行、IMFなどの組織を通じて、各国が道徳的かつ協調的に行動すべき方法を可視化し実現しました。そこには道徳的リーダーシップという要素がありました。
 しかし現在、我々は『アメリカ・ファースト』政策へと移行しており、その結果、もはや道徳的リーダーシップや共存システムを担う立場にはありません。我々は実在する紛争における同盟国と敵対国の時代に入っています。これが、目前に迫る変化の本質です」

The 5 Forces Affecting the US Post-Election, Ray Dalio

https://youtu.be/z-KC-FyIp5c?si=e_Zye4fB4V-eNJGq


今、世界が大変な混沌期にあることは誰しもが認めるところだと思います。では、そういう状況の中で、どのような世界観があり得るかを観察してみると、少なくとも3つが考えられると思います。

1つはユートピア主義的な世界観です。1980年代中盤から広がったグローバル資本主義あるいは「ワン・グローバル」な社会や経済、市場を志向するものです(図の[D])。
2つ目が、そのバリエーションです。どちらかというと欧州的な理想主義に基づいて、高邁なビジョンによって多様な共生社会(多元主義的)や経済を考えていこうとする立場です(図の[C])。
これらに対して3つ目は、従来の民主主義や資本主義、自由主義などのあり方を否定的に見る、現実志向的な世界観です。結果、権威主義的で均質な世界観を築こうとするものです。実際こういった国家の経済的パワーが台頭し、従来の先進国のそれを凌ぐだろうという報告がなされています。ただしその世界観のもとでは、多くの抑圧を伴う全体主義的な傾向が否めません。(図の[A]

パラ実在(para-existence)とは何か?

こうした、現実認識を「強化」する異なる世界観が存在するわけですが、現実を「強化」することによって未来が現実より良いものになるかといえば、第一のビジョンやユートピア的な世界観(D)の非現実性、第二の共生的な世界観(C)の刹那主義的傾向、第三の全体主義的な世界観(A)による個人の抑圧、いずれも現実をさらにより良いものにしていくとは考えられません。

一方、現在構想されているこれらの世界観の背後に共通してあるのは、二元主義(「今の資本主義がもうダメだから別のものに変えてしまおう」)、あるいは一元的なものの見方です。二元主義は概ね、西欧的な近代科学の産物ともされていますが、とりわけデカルト主義的な思考とともに、批判の対象となっていることは言うまでもありません。

このような考え方に対して、東洋思想と西洋思想を融合するような、二項対立を超えて未来像を描く「構想力」をもって、社会や経済の現実を見ていくのが、パラ実在(para-existence)の世界観です。
その前提は、分断の中での衝突(コンフリクト)や矛盾の能動的受容という、現実を踏まえつつも、その混沌とした現実を受け入れて生きる世界観といえます。(図のB)

どのような世界観で生きるか?

この夏の拙著『Kōsō-ryoku: Conceptualizing Capability』の「はじめに」はネットでも紹介されているので、AI翻訳で以下に紹介します。

本書は、従来の二元論や線形的思考では対応できない、現代社会のカオス的性質を論じることから始まる。著者は東洋思想と現代の叡智を紐解きながら、世界を理解し関わっていくためのより柔軟で適応的なアプローチを提唱する。
ここでは「パラ実在社会」という概念を展開する。これは、デジタルと物理的領域が交差し相互に影響を及ぼす現代生活の多面的現実を表す言葉である。この社会システム的視座において、空間的、精神的、倫理的に異なる各サブシステムは、自律性と独立性を保ちながら生存を模索している。
世界には自然の法則や四季、人の一生のようなリズムがある。21世紀の四半世紀を経た今、世界はカオスの渦中にあり、人々は疲弊しながらも何とか生き延びている光景が見られる。
人工知能の最大の脅威は、人々から仕事を奪うことではなく、すべてをAIに委ねることによる精神的退廃にある。人間がこのように活力を失うことは、まさに独裁者たちの望むところである。
故に、我々は世界を意図的に革新していかねばならない。経済や社会を改善するための超越的な努力が必要である。もちろん、イノベーションという手段もあり得るが、重要なのは「日々の革新」の姿勢を忘れないことである。
日本には「伝統と革新」の双方を重んじる歴史がある。失われた30年から脱却できるかという議論が盛んだが、仮に脱却できたとして、その先に何があるのか。
今日必要とされているのは、社会とエコシステムを構想する力である。これは単なる創造性や想像力ではない。新しい形を設計し構築する力である。この能力を失えば、我々に明るい未来は訪れないであろう。

Kōsō-ryoku: Conceptualizing Capability:
For Innovation and Management in the Age of Para-existence

パラ実在社会は、多様なサブシステムからなる自律分散型の社会ですが、この地球上に人類をはじめとする多様な生命体が生存し続けることや危機的状態にある環境を再生する、といった高次の目的は共有します。
ただし、そこでは全員が望むような状況は得られないかもしれません。皆が我慢や制約を織り込んでいかなければならない社会です。しかしそれは妥協や統制ではありません。それぞれの立場で我慢や制約を受容して社会生活を営む態度こそが、二元主義を乗り越える能動的な生き方を意味します。
要は、東洋的な「足るを知る」、さらには「混沌を殺さない」という思考です。これは昨今話題になるネガティブ・ケイパビリティに通ずるものでもあります。それは、ただ積極的な挑戦のみを志向するのでなく、複雑な現実において矛盾を受容しつつ、状況を導いていく超越的構想力とも言えるのです。それは混沌を解消するのでなく、活かしていく思想です。

『Kōsō-ryoku: Conceptualizing Capability』では次のエピソードを紹介しました。

南海の帝儵(しゆく)と北海の帝忽(こつ)(儵も忽も迅速・機敏の意)とが中央の帝渾沌の住む土地で出会ったとき,渾沌はこのふたりを手厚くもてなした。儵と忽はその厚遇にむくいるため,のっぺらぼうの渾沌を人間なみにしてやろうとして,その身体に毎日一つずつ穴をあけてやった。ところが七つの穴(耳二つ,目二つ,鼻孔二つ,口一つ)をあけ終わったとたん,渾沌は死んだというのである。

世界大百科事典《荘子》応帝王篇

現在の危機的な状況を乗り越えるために、こういった世界観に基づいた構想力と対話が求められるのではないかと考えるのです。パラ実在の自律分散的な世界のアイデアは、すでに国家や地域を超えた実践や試行錯誤として現実化してもいます。DAOやweb3などの議論もはるか以前からあった概念ですが、それがAIなどの台頭とともに再び出現しています。

以上がパラ実在の紹介ですが、新著では、3部構成の第2部で、パラ実在社会で鍵を握る構想力や社会システムのあり方を論じています。

構想力の系譜とパラ実在

構想力については、それが東洋思想と西洋哲学という異なる知識体系をつなぐ結節点でもあるという観点のもと、ドイツの哲学者カントから近代日本の哲学者、三木清(西田幾多郎の弟子にあたり、最近再注目されています)の構想力の論理をめぐる議論を展開しています。
また、パラ実在の世界観を先見的に提示していたドイツの社会学者、ニクラス・ルーマンの社会システム理論を、AI時代の視点から再解釈し、新たなサブシステムとしてのAIとの協働について論じています。
また第3部では、構想力の実践のためのシナリオプランニングや目的工学などの方法論、歴史的構想力などの考えを紹介しています(これらは従前の作品を再構成したものです)。
これらは総じて、かつてドラッカーが一世紀前に提示した「主役交代」の要請でもあります。それは経済人(homo economicus)の終わりと構想人(homo imaginatio)の台頭、と考えられるのです。

ご関心ある方は下記をご覧ください:
https://amzn.asia/d/9k1tdt0


Kōsō-ryoku: Conceptualizing Capability

【目次】
第I部 混沌の中の知恵:パラ存在社会
1. 不都合な世界と東洋の知恵
1.1 混沌を殺してはならない
1.2 二項対立を超えて
1.3 パラ実在の世界に生きる
1.4 Society 5.0:日本のチャレンジ
1.5 パラ実在社会の諸相
1.6 システム理論からの視点
1.7 徳のある資本主義を求めて

2. 競争からナラティブへ
2.1 混沌の時代における「戦略」の変容
2.2 戦略理論としての知識創造
2.3 ナラティブ論と戦略
2.4 集合的ナラティブ

3. 社会イノベーションのための構想力と知識創造の概念化
3.1 イノベーションと構想力
3.2 企業から社会へ:知識創造の略史
3.3 社会的イノベーションと知識創造
3.4 日本は社会イノベーションで復活できるか

第II部 人間の構想力のタペストリー
4. 「形成的」構想力に向けて
4.1 カントの構想力
4.2 構想力の展開
4.3 私たちの生を形作る力

5. 三木清のカントからの探究:世界を再形成しようとした哲学者
5.1 三木清の仕事
5.2 パトスからロゴスへ:行動の哲学に向けて
5.3 構想力の人工物としての神話、制度、技術、経験

6. イノベーションにおける形成的構想力
6.1 構想力なきイノベーションはあり得ない
6.2 想像的、主観的、実践的な力としての構想力
6.3 イノベーションを駆動する構想力における知識創造プロセス
6.4 現実と目的のギャップを埋める構想力
6.5 エコシステムのための構想力

第III部 構想力の展開
7. パーパス・エンジニアリング:目的を通じたプロジェクトの実現
7.1 パーパス・エンジニアリングとは
7.2 イノベーションのための実践知としてのパーパス・エンジニアリング
7.3 パーパス・エンジニアリングと社会イノベーション

8. 構想力のためのナラティブとしてのシナリオ思考
8.1 シナリオ思考再考
8.2 競争からパラ実在へ:対話による新しい関係の創造

9. 歴史を変える構想力
9.1 歴史的想像力
9.2 歴史的出来事としてのイノベーション
9.3 歴史的想像力で世界を変えた構想
9.4 構想力で未来を創る
9.5 過去・現在・未来を同時に見る知恵
9.6 必然性と偶然性の組み合わせ
9.7 ミクロヒストリア:細部への注目
9.8 イノベーターと言語能力
9.9 日本人の構想力

10. ジャーナリング:「内なる精神の筋肉」を育てる
10.1 精神のエクササイズ
10.2 ジャーナリングと禅
10.3 今すぐジャーナリングを始めよう

結びに代えて:
あとがき
参考文献


いいなと思ったら応援しよう!