「ジェンダー・クライム」天童荒太著 文藝春秋

中年男性の全裸遺体が発見されるところから始まるサスペンス小説。
主人公・鞍岡は昭和の価値観のままのベテラン刑事。柔道のオリンピック候補になるほどの体育会系。
事件を一緒に操作する若い刑事は、鞍岡の先入観や男女観を、いちいち指摘して修正を求めてくる。
例えば、鞍岡が何気なく使う「奥さん」を、「どうなんでしょう?」とか、
「ご主人は・・」を、「他人が、女性の配偶者を、ご主人と呼ぶのは、侮辱になる」
などと指摘するのだ。
それは当たり前の指摘ではあるのだが、体育会系・昭和な家父長制価値観どっぷりの鞍岡には、腹立たしさを感じさせる。
そんなふたりの刑事が、それぞれの経験や視点で、事件の背後にある性犯罪被害の深刻さを暴いていく。
性犯罪は「魂の殺人」と言われるほど、その被害は甚大で被害者やその家族の人生を狂わせるものなのに、時に被害者側に落ち度があるように言われたり(二次加害)、性犯罪そのものを軽視する傾向などが、事件の背景に見えてきて、殺人事件捜査の過程を描くと同時に、ジェンダーの問題を描いている。
若い刑事に触発されるように、ジェンダー観をアップデートしていく鞍岡が、自分が言われたこと(他人が「ご主人は」というのはよくない的なこと)を、そのまんま自分の後輩に言うところは、微笑ましかった。
性犯罪についてのサスペンス小説なので、ちょっと読むのがしんどいなと思うようなところもあるが、男性作家がこうした小説を書く時代になってきたという感慨がある。
あとがきで著者は、言葉の中にある、男女間の対等でない関係性や、暗に求められる役割が文化に言及している。
そういう言葉を紡いだ小説で、性犯罪やハランスメントやDVに潜む性差を描いている、そんな小説だった。

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