映画 「プラン75」

(ネタばれあり) 
相模原障がい者施設殺傷事件を思い起こさせるようなシーンから始まるこの映画は、高齢化対策として75歳以上の高齢者に死ぬ権利を与える制度が施行された日本を描いている。

優生思想や不寛容さをさりげないシーンの中に忍び込ませているところが、この映画の妙になっていると思った。
プラン75担当者の市役所職員の若者(磯村勇人)は、職務のひとつで広場のベンチにどの手すりをつけるかを業者とあれこれ試している。
ベンチに人が寝て過ごすことができないように手すりをつけるためである。
これは排除アートと呼ばれているもので、路上生活者を排除するための不寛容さの象徴として、批判を浴びている手法だ。
彼(市役所担当者)はプラン75を仕事として淡々と進め、ホームレスが眠れないように手すりを設置することも、仕事として淡々と進めるのである。
一方で彼は、そのベンチのある広場で行われる炊き出しに協力し、職を失い途方に暮れている主人公(倍賞千恵子)に、炊き出しの丼を手渡す。
手渡された主人公の追い詰められたような表情がなんとも言えず、世間のそこここにひそむ「優しさの顔をした悪意」への無自覚を表現していたと思う。

彼はプラン75に叔父が応募してきたことで、心に何かが生じているような感じを淡々とした演技で表現していた。

主人公(倍賞千恵子)はつましくまじめにきちんと生きていた女性だということが、様々なシーンで表現されていた。
一人暮らしのわびしいアパート住まいながら、急須でお茶を入れ、茶碗に盛られたごはん、おかずの入った皿などに、彼女の暮らし方が見えるようだった。
高齢を理由に仕事を失い、職場を去る日にロッカーを片づけ、最後にロッカーの戸を丁寧に拭いて、ロッカー向かって「お世話になりました」と手を合わせるのである。

アパートを退去しなければいけなくなり、不動産屋で転居先を探す。
高齢を理由に物件が見つからず、不動産屋に生活保護受給を勧められる。
生活保護受給者であれば可能な物件があると。
が、彼女は「もう少し、頑張ってみようと思って」といって、不動産屋を後にする。

ハローワークではモニターで職を検索するが見あたらず、通りかかった職員に「壊れているようだ」と言うと、職員はちょっと操作して「壊れてないですね」と行ってしまう。
要するに彼女が働けるところは検索しても出てこなかったようなのだ。

仕事が見つからず、彼女は生活保護窓口を訪れたが、「本日の受付は終了しました」と表示されていて、相談することすらできなかった。
大々的なプラン75の相談窓口と比較すると、小さな窓口で閉庁時間前に受付を終了してしまう生活保護窓口は、申請したい人への無言の圧力のようだった。

高齢者の検診会場でプラン75を宣伝する動画が流れていて、検診を受けて長生きするよりプラン75を選べと誘導しているかのようなシーンもある。

結局、彼女はプラン75に応募することを決める。

プラン75応募者サポートコールセンターに働く女性は、主人公の話し相手をつとめるうちに(それがコールセンターのスタッフの仕事のひとつでもある)、主人公の心変わり(プラン75を辞退する)を望むような心境に変化していく。
そのコールセンターではこの女性が食事休憩をしている横で、指導者が新人に、応募者が心変わりせずプラン75を受け入れるよう誘導することを指導している。

こうしたさりげないシーンのひとつひとつが、見終わった後に心に残ることが多かった。

京都アニメーションのスタジオが放火され多数の有能なクリエーターが被害者となった事件があった。
失われた才能を惜しむ声が多く、貴重な命が奪われたと報道されていた。
事件を報じるネット記事のコメント欄には、有能で未来あるクリエーターのいる建物を襲うのではなく、どうせなら老人ホームを襲えばよかったのに みたいな意見があった。(私はこのヤフコメを読んで以来、ヤフコメを読むのをやめた)
これは相模原の事件とも同じ考え方だなと思った。
命に優劣をつけること、人を生産性で価値づけることが、さりげなくあたりまえのように人々の思考を侵食している気がした。

どんな人でも生きていく権利があるし、生きる価値がある。なのに「死ぬ権利」と聞こえのいい言葉で、生産性のなくなった高齢者を優生思想的な方向へ誘導する世界を描いた映画だ。
ただ、これは高齢者の安楽死を描いたものではなく、どんな人にも生きる希望があっていい というメッセージのある映画だと思う。

淡々と仕事を受け入れていた市役所職員(磯村勇人)が、あることをきっかけにプラン75を受け入れようとしている叔父への思いを変化させていくところや、
コールセンターの女性(主人公の担当者)の心にさざ波が起きている様子、
どちらも明確なセリフにはなっていないけれど、心が揺れていることがわかる演技が印象的だった。

ストーリー展開だけを言うなら、派手な見せ場も、わかりやすいエンディングもない地味な映画だ。
登場人物たちのせりふも、映画全体であまり多くない。
多くないからこそ、せりふ以外のシーンやしぐさが、大きく何かを語りかけていた気がした。

映画『PLAN 75』オフィシャルサイト 2022年6/17公開 (happinet-phantom.com)

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