短編小説「明日も走る」
朝の空気は冷たく、まだ街が眠っている時間。
私はいつものようにランニングシューズを履き、外に出た。
走るたびに少しだけ軽くなる気持ちが、今日も私を前へと押し出している。
最初に走り始めたのは、ただの気まぐれだった。
特に目標もなく、ただ体を動かしたいという思いだけで始めた。
でも、いつの間にか走ることが私の日常になっていた。
朝の静けさ、息が白く吐き出される感覚、そして足音がリズムを刻む瞬間。すべてが心地よく、私を解放してくれる。
ある日、走っていると公園のベンチに座っている年配の男性に気づいた。
彼は私が通り過ぎるたびに、軽く手を挙げて挨拶をしてくれる。
その挨拶が、次第に私にとって大切なものになっていた。
『おはよう。今日も元気に走ってるね』
声をかけられるのは初めてだった。
少し驚きながらも、私は立ち止まり、軽く息を整えた。
「おはようございます。はい、毎朝走ってます」
『偉いね。私も若い頃はよく走ったよ。でも今は足が悪くてね、こうして座ってるだけさ』
彼の笑顔は穏やかで、どこか懐かしい感じがした。
その日から、私は彼と少しだけ言葉を交わすようになった
短い会話だけれど、それが私にとって新しい朝の楽しみになった。
『今日はどこまで走るんだい?』
「昨日より少し遠くまで行ってみようかと思ってます」
『そうかい。無理せず頑張りなさい』
その言葉を聞くと、私は自然と足が軽くなるような気がした。
朝の光が徐々に強くなり、道を黄金色に染めていく。
今日も私は走り続ける。昨日よりも少しだけ遠くへ。
そして明日も、さらに先へ。
走ることで、少しずつ自分を取り戻している気がする。
心の重たい何かが、足を動かすたびに消えていく。
走ることが、私の心を解放してくれる。
帰り道、再び彼のベンチの前を通った。
彼は微笑みながら手を振ってくれた。
私は笑顔で応え、少しだけペースを落として走り続けた。
明日もまた、この道を走ろう。
私の毎日はこうして始まる。