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女性漁師が活躍中!長崎県の天洋丸【天洋丸視察レポート前編】

株式会社天洋丸は、長崎県雲仙市南串山町で中型まき網漁業を営み、橘湾(たちばなわん)で主にイワシ・アジ・サバを漁獲しています。他にも養殖、加工品製造も手掛けており、廃魚網を使った「エコたわし」や、カタクチイワシの煮干しをつかった「橘湾のOYATSU」シリーズは全国にもファンが多いそう。2015年に法人化し、2022年にはM&Aで藤丸船団が合流。「水産資源の価値を高め、みんなと笑顔になる」ことを会社のミッションとし、さまざまな活動に取り組んでいます。
そんな天洋丸では、実は2名の女性漁師が活躍中。なぜ女性漁師が誕生したのか、受け入れや育成はどのようにおこなわれているのか、高知県女子会メンバーで視察に行ってきました。

受け入れてくれたのは、天洋丸の代表取締役の竹下千代太さんと、奥さんの敦子さん、そして娘の恵理さん。今回ヒアリングにご協力して下さった恵理さんは、現在東京在住ですが、SNS発信やイベント販売、さらにバックオフィスを担い、遠隔で天洋丸を支えています。

左から恵理さん、千代太さん、敦子さん

天洋丸に到着早々、出港準備をしている岸本希望(のぞみ)さんに会うことができました。

岸本:自分は埼玉県出身で海無し県で育ちました。調理師専門学校に通って、卒業した後は地元の飲食店で働いていました。魚が好きで、車の免許をとって千葉とか神奈川に美味しい魚を食べにいくほどでした。漁師になったら美味しい魚が食べられるんじゃないかと思ってたんですよ。その時期にコロナ禍になって、店が休業して。興味があった漁師の仕事を探して、天洋丸にまず「1年漁師」としてきました。

岸本さんは漁師3年目。漁獲した魚を積んで運ぶ「運搬船」の船長を務めています

恵理:この1年漁師という期間限定の雇用制度は、コロナ禍で生まれました。休職・休学している人や、漁師に興味はあるけど、ハードルが高いという人にむけて始めました。一生漁師をやりたい人ではなく、いつか飲食店をやるために漁業の現場を学びたいという人とか、就職が決まっているけど、それまでの間海のことを学びたいという人にも扉を開き、漁師への間口を広げてます。

ーーこれまで天洋丸では女性漁師の受け入れは行なっていたのでしょうか?

恵理:1年漁師として女性を受け入れたのは希望ちゃんが初めてでした。それまでは体験などで女性を受け入れたことはあったのですが。
天洋丸はインスタグラムで積極的に情報発信をしています。開発している商品のこだわりだけでなく、漁業の現場や、漁業体験の様子などハッシュタグや投稿内容を工夫して戦略的な発信を心がけています。女性が体験で数ヶ月間天洋丸に乗船していたので、その様子も発信して。希望ちゃんはそれを見てDMで「女性でも1年漁師に参加できますか?」と連絡をしてくれました。もう一人の女性漁師の福田望(のぞみ)さんも、DMで問い合わせてくれたんですよね。

福田望さんは福岡出身で、現在5歳のお子さんがいるお母さん

福田:小さい時から海が好きやって、夏休みには潮干狩りに行ったりして、海に触れる機会もありました。テレビで漁師を見て、かっこいいなって憧れもあって。20歳で釣りを始めて、自分で魚を獲る楽しさを知って、ずっとやっていく仕事だったら自分が好きな仕事をやりたいなと思って、漁師になることを決意しました。
でも、最初からすぐに漁師になろうと思ったわけじゃなくて、実は2、3年ずっと悩んでたんです。子どももいるし、母しか子どもを見てくれる人がいなくて。天洋丸さんに話を聞きにきたら、色々な形で仕事ができるから、まずはやってみたら?と言ってくださって。それで2、3回バイトとして入って、楽しいなと思って。

恵理:福田さんも最初は1年漁師に、ということだったんですけど、話を聞いているうちに1年じゃなくてずっと働くことを視野にいれていらっしゃったので、まずはバイトとして何回かきてみたらどうかと。

福田:今、息子は保育園に行っているので、保育園の準備をしてから出勤しています。なかなか自分の時間は取れませんが、仕事が終わったら息子との時間がとれます。出漁しない日は加工場に入ったり、網修理の仕事をしたりするので、出勤時間はその日の仕事によって変わります。


作業場にはホワイトボードがあり、社員の名前と作業の割り振りが書かれ、直近の動きがわかるようにスケジュールも記入されています。これは社員から要望があり実現したものだそう

ーー仕事内容は男女で差があるのでしょうか。

恵理:基本的に女性男性関係なく同等な扱いになっています。例えば、二人とも本船に乗った時は他の乗組員と同じように雑魚寝スタイルで寝ます。希望ちゃんは自分の場所を確保するのに、他の人の荷物全部どかして掃除して、シートしいて確保してました。他の人がいたらどかしたりして笑

岸本:仕事内容によっては「女の子やけんよかよ」という人と、男女関係なく教えてくれる人といたので、そのズレがちょっとやりづらいこともありました。できないことはできないとはっきり伝えて乗り越えてきたので、はっきり言えない人は難しいかも。周りのみんなが自分に慣れてしまって、女性でもできるだろ、となってしまったので、その基準で他の女性は大丈夫かはわかんないですね。みんな同じようにできるわけではないので、それぞれにできるようにしたいけど、1人ずつ丁寧に教えられる現場というわけではないし、先輩漁師さんたちも「見て覚えろ」で覚えてきた人たちなので、難しいですよね。できないからやらない、だと誰も教えてくれないし、でもその漁師さんと仲良くならないと教えて欲しいと言いにくいじゃないですか。

福田:基本的に見て覚えろ、だから、聞きすぎても良くないのかなと思うし、聞かなすぎてもわからないままだし、ちょうどいい塩梅を見つけるのが難しいです。聞いてもいいよと言ってくれる人もいるけど、聞くと「まだ覚えてないと?」と言われてしまうこともあって。基本的にみんな優しいので教えてくれますけどね。ロープワークとかも、教えてもらった時はわかるけど、急に使わなきゃいけない時にわからなくなってしまって、、人によってはやり方が違うこともあって、難しいですね。一人の人に絞って色々聞けばいいのかなとおもいますが、その一人を見つけるまでにも難しさはありますよね。

ーー仕事をどう覚えるかは普遍的な課題のように思います。一方で男女の筋力差によるパフォーマンスの違いなどから、不満などはないのでしょうか

恵理:うちではそういった不満などは聞かないですね。生理休暇もありますが、それに対してみんな理解を示してくれています。もともと制度はあったんですけど、女性がいなかったので誰もとる人がいなかったんですよね。自分自身は生理痛がないタイプだったので、生理休暇の必要性がわかってあげられていなかったけれど、女性の従業員が増えて、生理痛が強くでる人はこんなに大変なのかと。

岸本:出漁の時に生理痛がきついと、船で気持ち悪くなっちゃうので、そういう時は加工場に入るか、生理休暇を使わせてもらいます。

恵理:船にトイレがあっても生理中はナプキン交換するのに綺麗なトイレを使いたいと思うし。生理休暇は有給と同じような扱いになっています。

天洋丸ではまき網の他に養殖や加工も行なっており、加工場でも活躍する女性がいます。この日は人気商品「ニボサンバル」を生産中でした。

ーー生理休暇に対しても他の社員さんが理解を示してくれるのはありがたいですね。話を聞いているととても風通しの良い環境のように感じましたが、若い方が多いのでしょうか?

恵理:社員は若いと思います。全部で20人ぐらいで、そのうち8名がインドネシアからの実習生です。現場にいる一番若い子は20歳、一番年上は57歳で、平均年齢28歳。31,2歳ぐらいになる方は高校卒業後すぐに天洋丸にきてくれて、10年ぐらい乗っている方です。漁労長は31歳ですね。乗組員でくるパートの方は70代80代の方もいるので、年配の方も一緒に船に乗船します。
男性社員には女性の採用に際して特にハラスメントなどの指導や研修はしていません。嫌なことがあったら自分に言ってねとは伝えていますが、正直デリカシーのない発言はあります。

日本の漁業者の平均年齢は56.7歳。天洋丸は全国的にみてもかなり若いチーム。

岸本:その人のことを知ろうとしてくれるのはいいんですけど、グレーゾーンというか、聞かれたくないこともあるんで。自分はもうなれちゃったから大丈夫ですけど。

恵理:マインドとしてそういうのを気にしない人じゃないと乗り越えられないかもしれません。これは田舎ならではの課題かもしれないですね、結婚して出産するのが女性の幸せだ、と思っているような人が多いので。

ーーそんな中、岸本さんはすでに漁師3年目とのことですが、長く続けるコツはありますか?

岸本:会社の人だけとの付き合いじゃ続かなかったです。違う職種や地域の人と仲良くなれなかったら1年漁師で辞めていたと思います。

恵理:希望ちゃんは自分でどんどんコミュニケーションをとるタイプなので、自分が紹介する前にもう町の人と仲良くなっているんですよね。もちろんそういう人ばっかりじゃないので、自分がこの人と相性よさそうだな、という人を紹介するようにしています。
自分もこの町で育ちましたが、友達はみんな福岡に出ちゃったりしてもうこの町にいないんですよ。そうすると一緒に遊ぶ友達がいなくて、じゃぁ自分も出ていこうかなって思っちゃう。ここで育った人間ですら、ご飯を一緒に食べに行ったり、遊ぶ友達がいなかったらしんどいので、移住してきてくれた人はもっときついんじゃないかな。

ーー町ごと好きになるというのは大事な要素ですよね。ちなみに女性漁師が増えたことで、何か良かったことはありますか?

恵理:私が東京に住んでいるので、どうしても女性の体験などの受け入れの時、現場にいれないことがあるんです。その時福田さんと希望ちゃんが受け入れを手伝ってくれるのが本当にありがたくって…女性が現場にきた時、受け入れ側に誰も女性がいなかったら、本人はすごく不安になると思うんですよね。
あと、希望ちゃんは現場の報告をとても細やかに送ってくれるんです。誰が読んでもわかりやすいように状況を丁寧に説明してくれるので、遠方にいても現場の状況が把握できるのも助かってます。

ーー女性が増えるほど女性の受け入れ体制も強化されそうですね。一方で受け入れる側が気をつけた方がいいことはありますか?

岸本:(その仕事は)やらんでいいよっていう言葉は言わない方がいいです。変に気を使うよりは、その仕事をやらせながら見守る方がいいと思います。

恵理:なんかあったら誰に相談したら環境を変えてくれるのか、明確にするのが重要だと思います。相談して環境が変わらなかったら相談しなくなっちゃうと思うんですよね。うちでは相談窓口として自分がいて、さらに毎月社労士さんを呼んで、その都度就業規則を変えるようにしています。
最近、実は漁労長の白水くんに第二子が生まれて、その際天洋丸ではじめて育休休暇を取得したんです。本人は度々海を見ては現場を気にしていたみたいですが、他の社員から不満の声もなく、むしろ現場のみんなの士気があがったような雰囲気もありました。

育休を取得した白水さんは天洋丸の漁労長。育休の取得は周りにも勧めたいそう


今後はボランティア休暇の導入を検討中なんです。能登へ災害ボランティアに行きたいという人が、自分の有給つかうのではなく、ボランティア休暇の制度を使って行けるようにしたり、地域貢献でバレーボールの指導を行っている社員がいるんですけど、有給を全部使ってしまっているので、そこに充填できるようにしたいです。

ーーすごい!最先端の制度を整えて、しかもそれが有効活用されているのはなかなか漁業現場では聞いたことがありません。

恵理:社員が過ごしやすい環境作りは重要です。社宅もアパートや寮を新しく建てて、なるべく過ごしやすい環境を整備しています。このままずっと同じ状態ではいつか立ち行かなくなってしまうので、これからも新しい挑戦を続けていきます。


視察メンバーと恵理さん。天洋丸の多岐に渡る挑戦は、後半でさらに詳しくご紹介します



たまたま天洋丸のドアを叩いたのが女性だった、という偶然から誕生した女性漁師2名。しかし、彼女たちの活躍の背景には、天洋丸自ら社員の働きやすい環境を整備し、次世代の漁業への転換にむかって惜しみない努力をしている姿がありました。
担い手育成の他にも、商品開発をはじめ、海外実習生の受け入れや地域貢献、ローカル漁業の復活など、次世代の水産業の実現にむけて様々なことに取り組んでいます。後半ではその他の活動についてもご紹介します。


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