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白昼夢
もう二度と会えない人がいる。
いつか交わした言葉を思い出せずにいたわたしの夢の中で、彼女が手を振ってこういった。「うそつき」。笑っていたようにも思うし、怒っていたようにも思う。わたしは彼女に何か嘘を吐いていたんだっけ。思い出そうにも、今となってはもう白い薄靄のかかった記憶ばかりが浮かぶ。
彼女のことを、忘れかけている。
最後に会ったときの彼女はどことなく疲れているようだった。昔からそんな感じの、陰のある女の子だった。両手の指で数えなければカウントできないくらい年の離れた人と付き合っていると言っていた。それでもとても幸せだと。
思えば昔から、うんと年上の人が好きだと言っていた。
大人びているようで、あまりにも幼かったあの子。
人は大切な人の声から忘れていくという。
わたしはもう彼女の声も思い出せないし、ただただ疲れた様子の、それでも幸せそうな笑顔しか思い出せない。
薄情だなとさえ思わないけれど、彼女が今も生きていたらどうだったろうと考えることはある。彼女のウエディングドレス姿は、きっと綺麗だったに違いないとも。
眠った瞬間の彼女は笑っていただろうか。
またね、なんて手を振ったあの夏の日のわたしたちは、多分その約束が嘘になることをわかっていたのだ。お互いに。
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白い夏の日のこと、白い彼女のこと、うそつきなわたしたちのこと。
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