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『負けないパティシエガール』 〜自分を諦めるな
こんばんは、ことろです。
今回は『負けないパティシエガール』という小説を紹介したいと思います。
『負けないパティシエガール』は、著・ジョーン・バウアー、装画・川村怜、訳・灰島かりの児童文学小説です。
主人公の少女は、ディスレクシア(識字障害)で文字を読んだり書いたりするのが困難なので、知的発達に問題があるわけではないのに勉強が難しかったりする問題を抱えています。
しかし、毎日お菓子作りをすることで、どんな困難も乗り越えてきました。
この物語は、主人公がお菓子を作りながら、人生に立ち塞がる壁と闘うお話です。
主な登場人物は……(公式のものを引用します)
フォスター・アクィラ・マクフィー
<パティシエガール>をめざす主人公。読み書きに大きな問題を抱えている。
ママ(レイカ・マクフィー)
バックコーラスの歌手
パパ(ケビン・マクフィー)
イラク戦争で戦死した軍人
ハック
プレスリーのものまね芸人で、ママのボーイフレンドだった。
ソニー・クロール
有名パティシエ。テレビで料理番組を持っている。
キティとレスター
カルペパーの町で「お任せレッカー車」をやっている。フォスターとママに、裏庭のキャンピングカーを貸してくれる。
チャリーナ・ヘンドレー
ハリウッドの有名女優
メイコン・ディラード
ドキュメンタリー映画の監督志望の男の子。チャリーナさんの家でアルバイトをしている。
パーシー・ウィルソン
亡くなった牧師の妻で、教会を守ろうとしている。
ガーランド
パーシーの息子。陸上のトレーニングをしている。
フィッシュ
フィッシュ工具店を経営。教会のある土地を売ろうとしている。
エミリー
フィッシュの娘
アングリー・ウェイン
レストランの店長で、フォスターのカップケーキを置いてくれる。
この物語のあらすじは……
主人公・フォスターは〈パティシエガール〉を目指す女の子。(「フォスター」という名前は本来男の子に使う名前ですが、この物語では女の子です。)
小さな頃から憧れのソニー・クロールの料理番組を見ながらお菓子作りを日課としてきた。
その日は、母親の車に乗ってどこか遠くへ行こうとしていた。
というのも、別れ話をしているのに受け入れてくれないイカれた彼、ハック(エルビス・プレスリーのモノマネ芸人をしている)から逃げるためだ。
彼はフォスターの母親が別れ話をした翌日、窓ガラスを割って強引に家に入ってきた。それから母親に暴力を振るうと、フォスターはあらんかぎりの大声で叫び、近所の人たちがガヤガヤと騒ぎ始めたのでハックはどこかに去っていったが、もう耐えきれないと思い、取るものもとりあえず荷物をまとめて、大急ぎで家を出たということだ。
フォスターたちは、途中ナッシュビルとレキシントンという町でトイレ休憩を挟みつつ、今まで住んでいたメンフィスからカルペパーというところまで来た(地図で見てみたところ車で12時間かかる道のりでした)。
カルペパーまであと三十キロというところで霧が立ち込め、危うく崖から落ちそうになっているところを、カルペパーの町で「お任せレッカー車」をやっているキティとレスターに助けられたが、カルペパーの町でも住む場所を提供してもらって、親子は感謝してもしきれない恩ができた。
カルペパーは小さな町だった。
昔はカーネル・カルペパーのジャムとジェリーを作る町だった。
けれど、最近になって工場は閉鎖され、刑務所が作られた。
刑務所には犯罪者たちが多く収監され、労働をさせられているが、町の住人たちも刑務所で仕事がもらえると言われていたから建設を許可したのに、いっこうに仕事はもらえなくて反感を持っていた。
前述の通り、フォスターたちはいろいろあってレッカー車の夫妻にお世話になり、夫妻が持っていた庭にあるキャンピングカーに寝泊りさせてもらうことになった。
親子は持ってきた荷物をキャンピングカーに仕舞っていったが、父親の形見を全部入れた袋(袋というより枕カバーなのだが)を忘れてきてしまった。フォスターはがっかりしたが、母親がイカれた元彼のいるメンフィスへ帰ることになるくらいなら失くしていたほうがマシだと思った。
キャンピングカーはなんでも揃っていた。
オーブン付きコンロもあったので、これでフォスターはお菓子作りをすることができる。
夫妻はキャンピングカーに〈銀の弾丸号〉という名前をつけていた。
〈銀の弾丸号〉はしばらくフォスターたちに安らぎをくれた。
町にはいろんな人がいた。
使われなくなった教会をセールしているフィッシュさん(土地の所有者だと思われる)。
教会で神父をしていた夫を亡くしたパーシーさん。彼女は教会が再興することを望み、土地を売りに出そうとしているフィッシュさんにいつも怒りをぶつけている。
パーシーさんの息子、ガーランドは走りが速く、いつも陸上のトレーニングをしている。イケメンで爽やか。
唯一の食料品店を切り盛りしているのはジャービスさん。
彼の店で買い物をしていた少年はメイコンといい、有名な女優チャリーナさんのおつかいをこなしている。将来はドキュメンタリー映画の監督になりたいそうだ。
フォスターたち親子がしばらくカルペパーに滞在する決意をして、仕事を探していた母親が雇ってもらったのが、教会の土地を売ろうとしているフィッシュさんのフィッシュ工具店。エミリーという娘も店を手伝っている。
最後は、フォスターが作ったカップケーキを置いてくれるようになったアングリー・ウェインの店。バー&レストランと看板には書いてある。店長のウェインさんは、フォスターのカップケーキが住民にうけることを知ると値段をつけて売り始めた。フォスターはお給料をもらえることになった。
メイコンは、ことあるごとに映画に出演したいと思わないか? と誘ってきた。断ると映画製作の助手をしてくれないかと頼まれる。要するに、手伝ってほしいのだ。しかし、インタビューの内容をメモしろと言われても、フォスターは字が書けないし、そのことを隠していたので、そういうアシスタント業務はできないことになった。
メイコンは女優のチャリーナさんがフォスターに会いたがっていることを告げ、チャリーナさんの家に行くこともあった。
チャリーナさんはいつしかフォスターが字が読めないことに気づき、実は自分も昔は読めなかったし書けなかったのだと打ち明けた。それでも、なんとか特訓をして読めるようになり女優をしていたのだ。
フォスターはなんとか字が読めるようになりたいと、チャリーナさんに特訓してもらうことになった。字を読むのが難しくて何度も投げ出そうとしたけれど、そのたびに自分を落ち着かせ、字と向き合ってきた。いつしかメイコンにもバレて恥ずかしくて逃げ出そうとしたが、メイコンは字が読めないフォスターのことを軽蔑したりしなかった。そして、応援してくれた。
そんなとき、フォスターの憧れている料理人のソニー・クロールが事故にあって重体というニュースが入ってきた。
このときほど字が書けたらいいのにと思ったことはない。ソニーにどれだけ自分が救われてきたかファンレターを書きたいけれど、書けないもどかしさ。
フォスターは字が読めないことを隠すのをやめた。
すると、先生になってくれる人が三人も増えた。
フォスターは、ソニーが出版した料理本を手に、何度も何度も読む練習をした。
メイコンは、刑務所の出入り口のところに立って、動画を回した。けれど、いつも守衛に追い返されて映画どころではない。それに、動画の撮り方も下手だったし、いろいろ課題があった。
あるとき、とうとう教会の土地がメキシコ料理のチェーン店に奪われそうになって、みんなが怒っていた。フォスターのカップケーキを置いてくれているウェイン店長は、メキシコ料理のタコスの上にバッテンが描かれたTシャツを着ていた。しだいに、そのTシャツを着る人は増えていった。
フォスターの母親が、突然メンフィスに行くと言い出したときはフォスターは驚き、何しに帰るのか問いただした。母親は銀行の手続きがあるとかなんとか言っていたが、どうみても怪しい。またハックに会いに行くのではないかとハラハラしていたが、二日で帰ってくるからと言い残し去ってしまった。一瞬、フォスターは自分が捨てられたのではないかと思ったが、母親はちゃんと帰ってきた。腕にあざをつけて。
母親はハックから父親の形見を取り返してきたのだ。
そのあともハックから電話が来たりしたが、無視していた。
しかし、ついにカルペパーに居ることがバレてしまう。
ハックはいつもの黄色い車でやってきた。お決まりのプレスリーの格好をして。
フォスターはメイコンと一緒に居るところだった。
できるかぎり母親には会わせないように、とにかく追い返すようにして喋った。
すると、メイコンがカメラ付きの携帯電話を取り出し、動画を回し始めた。
撮るのをやめろと命令するハックだが、フォスターとメイコンは従わず、何度も近づかないでと叫んだ。
騒ぎを聞きつけたのは保安官だった。まるで映画みたいに颯爽と現れてこう言った。
「いったいどうしたのかね?」
あわてふためくハック。フォスターたちは、この男が自分たちに絡んでくることを訴え、保安官は改造された車を見たあと、免許証を出すようにハックに言った。
ハックは、自分はその娘とその母親の知り合いで会いに来ただけだと言ったが、免許証が期限切れになっていたことで保安官に目をつけられ、連行されていった。
あとで母親は病院に行き、あざを診てもらった。そして、どうやったらハックを罪に問えるのか教えてもらうことにした。母親はハックを訴える事を決意したのだった。
事故に遭って怪我をしているソニーに、手紙を書くことはなかなかできないでいた。
そのかわりに、メイコンが動画を撮って、フォスターが料理番組さながら喋りながらお菓子を作ることにした。
その動画をネットに上げて、ネットに上げた事をソニーに手紙で知らせた。
返事はちゃんと返ってきた。何が書いてあるかは自分でちゃんと読もうと思った。特訓のおかげで落ち着いて集中すれば、だいたいのことは読めるようになっていた。
手紙を読んでいると、母親が気づいて、びっくりしたように褒めてくれた。
フォスターは手紙を読みながら、困難なときはたくさんあるけれど、力いっぱい立ち向かえば、そこから抜け出す道はきっと見つかる、ということを考えていた。
まずはひとつずつカップケーキを作って、カップケーキひとつ分ずつ世界を明るいものにしていきたい、そう思った。
この物語の大事なところ(ポイント)は……
だいぶ端折ってあらすじを書いたので、チャリーナさんとフォスターの特訓の一部始終や、教会がその後どうなったのか、フィッシュ工具店でのイベントのこと、移動図書館が来ること、〈手をつなぐ家〉という刑務所に収容されている家族や恋人に会いに来た人が無料で泊まれる施設を作ったこと、そこで起きた事件……などたくさんのエピソードがまだまだあります。フォスターが新しく学校に行くことになったとき、読み書きができない子専門の先生がついてくれるようになったことなど、これから先どんな出来事が待っているのか楽しみなままこの物語は終わります。
この物語で大事なことは、ひとつは諦めないこと。
もうひとつは、フォスターが毎日カップケーキやお菓子を作っていたように、自分の得意なこともやり続けると、それはいつか必ず自分を救ってくれるということだと思います。まあ、フォスターの場合、いつか自分の料理番組を持って、ソニーのように自分の人生で見つけた大事なことを語りながら、美味しいお菓子を作るというのが夢なので、そのためにも毎日作っていたことを考えると、夢を諦めるなともとれますが。どちらにせよ、自分に対して諦めるな、ということなのだと思います。
フォスターの母親にしても、カルペパーの住人にしてもそうです。フォスターの母親は自分の父親が母親にDVをしていたので、自分が暴力を振るわれたわけじゃなくてもハックのような男を無意識に引き寄せてしまった。でも、戦争で亡くなってしまった旦那さんのように強くて優しい、心の清い人と結婚できたことは何よりの克服だと思いますし、幸福でもありました。ハックという悪い癖の男と縁を切って、新しい素敵な人生を歩むことは決して間違いなんかじゃないし、当然の権利です。
カルペパーの住人たちも、同じです。メイコンは諦めずに何度も刑務所に赴いてドキュメンタリー映画を作ろうと頑張っていますし、フィッシュ工具店の娘エミリーも店が傾くなか自分の考えた方法で工具をたくさん売り捌きました。教会を手放したくないパーシーさんも、何度もフィッシュさんに直談判に行っては相手にされませんでしたが、小さなことから始めようとお花を植えたりしています。〈手をつなぐ家〉はパーシーさんが始めた施設ですが、ほとんど赤字です。それでも、面会に来た人たちが少しでも助かるようにと援助しています。女優のチャリーナさんは、夫の不倫騒動のせいで転落、実は仕事をしていなかったのですが、フォスターと文字を読む特訓をしているうちに考えが変わり、アニメの声優(馬の役ですが)を引き受けて女優復帰を果たすことにしました。
「諦めない」と決めたら、プライドとか見栄とかそういうものはいらないんだなと思います。そうは言っても捨てるのが難しいのですが。
けれど、チャリーナさんのように、「ああ、もう、意地になるのはやめよう」と素直になれたとき、人生は回り始めるのだと思います。良い方向に。
パーシーさんのように小さなことから始めるのもいいですし、エミリーのように自分にはできると自信を持ってやってみることも大事だと思います。失敗したらまたやり直して、向いてないと思ったら方向転換をして。
物語にはありませんが、何を諦めて何を諦めないのかは選べるし、選んだ方がいいと私は思います。そこで間違った選択をしないこと。例えばフォスターが識字障害なのを諦めたら人生楽しいでしょうか? 困難なこととわかった上で、今読めないのは仕方がないけど練習していつかは読めるようになるかもしれないと諦めないことは、自分を前に前に進めるための力になります。けれど、何かを試してみたときに「あ、これは自分の進むべき道じゃないな」とわかったとき、それを周りが勧めるからといって続けるのは違うと思います。やってみてダメだったら違う道に進むというのは、そういうことです。経験でこの先に進んでも良くないことが起きると思えば、引き返したり逃げたっていいのです。
そして、自分に合った道を選ぶこと。フォスターで言えば、カップケーキで人々を幸せにすることでしょうか。長所や得意なこと、好きなことは、自己肯定感(自信や自分を認める力)を上げてくれますし、何か悪いことが起きたときそれに没頭すれば冷静さを取り戻すきっかけにもなります。好きなことをしているときは楽しいですし、自分の人生もいつの間にか救ってくれるのです。
いかがでしたでしょうか?
ディスレクシアという障害を抱えながら、前向きで明るく、毎日楽しそうにお菓子を作っているフォスターは愛おしいキャラクターだと思います。
母親と一緒に頑張って生きていく姿は微笑ましくもあり、応援したくもなります。母親・レイカも愛すべき人で、葛藤はありながらも歌手であることを誇りに思い、娘を育てながら何が正しくて何が間違っているのかをきちんと教えられる強さと、心の中に揺れ動いている弱さがあって、同じ女性として惹きつけられました。
まだまだ識字障害というものを知らない人は多いのでしょうが、ドラマにも出てきたり、この物語のように本にも出てきたりして、少しずつ認知度が上がっていればいいなと思います。
あと、訳者あとがきにも書かれてありましたが、フォスターが作るお菓子はどれも本当に美味しそうで食べたくなりますので、紅茶やコーヒーと共にとびきり美味しいカップケーキを添えて、ぜひ読んでみてくださいね。
それでは、また
次の本でお会いしましょう〜!