『潮風エスケープ』 〜島の風習と生きる意味
こんばんは、ことろです。
今回は『潮風エスケープ』という小説を紹介したいと思います。
『潮風エスケープ』は、著・額賀澪(ぬかが みお)、装画・海島千本(うみしま せんぼん)のヤングアダルト小説です。
十二年に一度行われる潮祭(うしおまつり)がある潮見島(しおみじま)に行くことになった主人公が、恋に友情に将来への悩みにと色々ぶつかっていく青春物語です。
〈主な登場人物〉
主人公は、多和田深冬(たわだ みふゆ)。
紫峰(しほう)大学附属高校二年生で、放課後には紫峰大学の人文学科の研究室へ通っている。
友達を作るのが苦手で、柔道をやっている三河真澄(みかわ ますみ)以外は友達がいなかった。
実家が農家で、当然のように継ぐものだと両親は思っていたが深冬は継ぐ気はなく、生徒寮のある学校へ通うことで家を出た。
優弥先輩のことが好きでいつもついて回っている。
潮田優弥(うしおだ ゆうや)。紫峰大学二年生。
人文学部人文学科哲学専攻。江原秀夫教授の研究室に通っている。
江原ゼミでは民俗信仰や宗教文化について研究しており、調査という名目で全国あちこちの祭事を見て回っている。
慕ってくれている深冬の気持ちに気づいていないフリをしつつも、かわいがっている。
今回、夏の合宿で故郷の潮見島に帰ることになり、自らの過去とも対峙する。
渚優美(なぎさ ゆみ)。本名、汐谷渚(しおや なぎさ)。二十五歳。
東京で人気モデルとして活躍中。ドラマにも出演して、さらに注目度が上がる中、嘘の熱愛報道が出て、隠れるために故郷・潮見島へ帰る。しかし、十二年前にとある事件を起こしてからというもの島民(特にお年寄り)にはいい顔をされない。
主人公たちがちょうど潮見島に行くときに渚も帰ったため、共に行動することになる。
優弥の想い人。
汐谷柑奈(しおや かんな)。中学三年生。
小さな潮見島から一度も出たことがない、神女(しんじょ)という巫女の資格を持つ少女。十二年に一度しか行われない祭りの神女を務めるために、今までずっと努力してきた。
島に来たばかりの主人公とは敵対するも、最後にはなんでも話せる仲になっていく。
汐谷渚は実の姉。
花城慧(はなしろ さとし)。高校一年生。
潮見島の島民。高校は島の外にあるため、そちらに通っている。
そのまま大学は島の外、できれば東京で通って、就職したいと思っている。
柑奈のことが好き。柑奈には島の外にも興味を持ってもらいたいと思っている。
島に来た主人公と交流し、仲間のような関係になり、最後には友達になっている。
この物語のおおまかなあらすじは……
紫峰大学附属高校に通う主人公・深冬は、高校と大学が連携している制度を利用して、紫峰大学の人文学部人文学科の研究室(江原教授のゼミ)に放課後通い、大学生の面々と一緒に民俗信仰や宗教文化について研究している。
今年の夏合宿は、深冬の慕っている優弥の故郷・潮見島に行くことになった。好きな人の故郷ということで行けることに嬉しさがこみ上げる深冬だったが、実際に行ってみると大昔から続いている風習や祭りに対して嫌悪感を抱き、その風習を今も大切に守っている島民のことも、あまり好きにはなれずにいた。
フィールドワークをしながら潮見島の歴史や文化、風習について調査をして、事前に調べてはいたものの、十二年に一度のお祭りのため、神女という神職のために生まれてこの方一度も島から出ずに生きてきた少女が本当にいると知り、驚愕する深冬。
深冬の実家は農家をしているのだが、その古い価値観と風習を今も頑なに守っている両親とは対立していることを思い出さずにはいられなくなり、どうしてそんな風習に縛られて自分の生きたいように生きないのか疑問や嫌悪感や怒りが募る。
すると、渚という女性が島にやってきて、問題になる。
彼女は昔、潮祭(うしおまつり)で神女になる儀式をする直前に島を脱出してしまい、急遽祭りを中止せざるを得なかった事件を起こした。
神女になる資格は島から一度も出ないこと、女性であること、なので直前に逃げ出した渚は神女になる資格を失い、祭りをぶち壊したことに対して島民や祭事を司る面々からは非難轟々となった。中学まではなんとか島で過ごしたが、高校からは島を出て大人になっても帰らなかった。
そんな渚の妹が今年の潮祭で神女になる。それを見届けにきたのかどうかはわからないが、渚は久しぶりに帰ってきた。島民は、特にお年寄りは、また祭りをぶち壊しに帰ってきたのではないかと警戒していたが、あっけらかんとしている性格の渚はそんな待遇のなかでも飄々としていて、島民にも積極的に声をかけていく。
深冬は優弥のことが好きで、優弥は渚のことが好きなので一方通行なのは明白なのだが、今年神女になる資格を持つ柑奈のことが好きな慧と協力して、なんとか深冬は優弥と、慧は柑奈と恋愛成就できないかどうか探る。
慧は、柑奈のことを思って、深冬に東京など島の外の楽しさについて柑奈に教えてやってくれないかと頼んだりもした。どうしてもこのまま一生島の中で生活していくのはよくないと慧も思っていたのだった。できれば自分と一緒に島の外に出ていってほしい。しかし、柑奈は頑なに出ようとも知ろうともしない。
深冬は柑奈のことが嫌いだった。
神女という特別な存在になれる自分はすごいんだと誇らしげにしていることにも腹が立ったが、自分が地元から逃げてきたため、どうしてそんな風に島の風習に、廃れゆく風習にすがりつくのか理解ができなかった。
でも、柑奈は廃れゆく存在だからこそ自分が必要だと言う。自分がこの風習を継続させるんだと。
そして、そこには優弥の存在も無視できなかった。
優弥と柑奈の家は大昔からつづく由緒ある家で、この家から出た女性でしか神女の先にある神司(かみつかさ)にはなれないと言われている。優弥は男性なので資格はないのだが、祭司(さいし)という神司などをサポートする役目があるため、ゆくゆくは神女になった柑奈を支えていく役目があるのだと教えられた。島民や優弥の両親は、当然のように優弥がその役目を継いでくれるものだと信じている。優弥の気持ちは知らずに。
優弥は迷っていた。廃れたほうがいいと思う反面、自分も慣れ親しんだ風習だから継ぐことができると思うと嬉しさもある。かといって、ずっと島の中で暮らすことも考えられないし、島民を裏切ることもできればしたくなかった。
渚と久しぶりに再開した優弥は、恋焦がれた人が目の前にいることで深冬の知らない顔を見せるようになった。それが深冬にとってはつらく悲しいことではあったが、この島の風習に囚われて祭司になってしまうことを選んだら、ますます優弥は自分の手の届かない人になるような気がしていた。
そして物語はクライマックスへ。
十二年に一度の潮祭がとうとう行われる。この日のために合宿を組んだのだからゼミのメンバーはわくわくしているようだったが、深冬は複雑な心境だった。
渚は本当に祭りをぶち壊しにきたのだろうか、優弥は祭司を継ぐのか、深冬の恋の行方は、神女になる柑奈の運命はーー……
この物語の大事なところ(ポイント)は、挙げるのがすごく難しいのですが、私のなかで優弥が深冬に言った「信仰って何なんだと思う」というセリフが頭の中にずっと残っています。結局答えはわからないのですが、先祖代々続いているものを自分の代で途絶えさせるという怖さや、残念な気持ち、責任から逃れられるほっとする気持ちと、どうして継がなかったんだという周りからの圧力、厳しい目。自分の人生を生きたいと思うことと風習を守ることが一致しなかったとき、私たちは悩み苦しみます。
深冬も優弥も渚も柑奈も、みな自分の人生をどう生きたいのか悩んで苦しんで、それでも答えを見つけようと努力します。
渚は潮見島も芸能事務所も変わらないと言います。どちらも「そんな理由で?」と思うようなことで大事に守ってきたことがあり、たとえそれが他人からは理解できなくても文化としてそこに残り、時に理不尽な思いだってさせられたりもする。
優弥も人文学科に入り様々な宗教や文化を研究することで、自分の故郷について客観的にみれるようになればいいとずっと努力してきました。
渚が大人になって世の中のことを少しずつ理解できるようになったように、優弥もまた少しずつですが自分自身と向き合って自分のやりたいことや信念のようなものを見つけていきます。
しかし、深冬はまだそこまでの思いには至っていません。
渚もそういう話をしたときに、まだ深冬ちゃんにはわからないだろうけど、と前置きしていました。
頭ではわかっていても、気持ちまではついてこない深冬。
どうしても、両親が言うように農家を継ぎたいとは思えず、自由に生きて何が悪いの? と思ってしまいます。
ただ、自分の人生を生きることは大事だけれど、理解できなくてもその両親もまた自分の人生をちゃんと生きていて、農家であることを誇りに思っているし、娘の深冬を大事に思っていることもまた事実です。
何が正義かという問題とも似ているような気がしますが、それぞれに答えがあって、そして選択肢はひとつじゃないんだということもわかってほしいと思います。0か100かで考えず、新しい考え方も取り入れながら、反発ばかりするのではなく、お互いに歩み寄りながら、なんとかみんなが幸せになれるように進んでいく。
大人になって渚が島のことを思えるようになったように、いつかは深冬も伝統や継承していく風習やお祭りや儀式を今とは違った視点で見られるようになるといいなと思います。
いかがでしたでしょうか?
ちょっと難しいテーマの小説でしたが、神女になるにせよ、農家を継がないにせよ、どちらも自分の生きる道です。そこには覚悟が必要になってくると思いますが、自分のやりたいことって後からついてくることもあるんですよね。
たとえ、今すぐ見つからなくても、日常をこなしているうちに見えてくるものもあったりして、そういう意味でもいろんな意見や考えを持つ友達を作ることも大事なことだなと思いました。
私も家業というか数代続いている職業があって、私の代になったときに別に継がなくていいよと父に言われて、ほっとしたような残念なような気持ちになったことがあります。私は小さい頃から絵を描くのが好きだったので、芸術の道にいくだろうと思ったみたいです。なので、今でも絵を描いて生きてることを思うと、これが私の生きる道だったんだなと思いますが、夢を追いかけるのもまた疲労感というか重責があります。がんばってねと言われると尚更です。
でも、これでよかったんだと思います。どんなに夢が叶わなくても、追いかけ続けた道が私の道だから。
だから、この小説を読んだ人にも、その人生を誇ってほしいし、前に進み続けてほしいと思います。
長くなってしまいました。
それでは、また
次の本でお会いしましょう〜!