自作落語台本『お友達になりたい!』
落語はお好きですか?
「よく知らないけど、『笑点』でやってるヤツでしょ」
「面白そうだけど、寄席に行ったことはないなぁ」
という感じの方が多いんじゃないかと思います。
私は落語が大好き。
普段は映画やドラマの脚本を書く仕事をしているんですが、好きが高じて、うっかり落語の台本も書いてしまいました。
脚本家が落語台本を書くなんてことは超レアケースでして、こんなことをしている変態脚本家は、私の他にあと一人しか知りません。
さらに、私が台本を書いたところで、口演してもらえる当ては基本的にどこにもないんですよね。
落語のネタには長年語り継がれてきた「古典」と、近年になって創られた「新作」とがあり、新作に取り組んでいる噺家さんはほとんどの場合、ご自身で創られたものを口演なさっていると思います。
噺家さん同士で「あのネタやっていい?」「どうぞ」という約束があって、自分以外の人が書いたものを高座にかける場合もあるそうですが、噺家じゃない人が書いたネタが高座にかかるということは超絶レアケース。
ところがですね、この超絶レアな出来事が実現したのです。
以前からお付き合いのある鈴々舎馬桜師匠が、ご自身の独演会などで私が書いたネタを口演してくださいました。
変態脚本家の中川と、奇特な噺家の馬桜師匠との出会いが生んだ奇跡!ってところですね。
……と、少々大げさ、且つ長めの前フリをしたところで、その自作落語台本をお読みいただきたいと思います。お楽しみいただければ幸いです。
尚、冒頭に書いてある「マクラ」というのは、噺の前フリ的な部分を指す言葉です。
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新作落語『お友達になりたい!』 作:中川千英子
(マクラ)近ごろ『若者の〇〇離れ』という言葉をよく聞きます。
若者のテレビ離れ、活字離れ、映画離れ。どれもインターネットの普及が影響しているようです。
と言いましても、いまやインターネットは若者だけの物ではありません。中には、後期高齢者と呼ばれる年になってインターネットデビューする人もいるようでして…。
ハルオの妻「(電話に出て)はい、もしもし。ミカ? えっ、今日の約束? 忘れてないわよ。あんたんとこのケンちゃん、うちで晩ご飯食べさせたげればいいんでしょ?
……そんな気遣わなくていいの。孫が来てくれるのは、あたし達老夫婦にとっちゃ、たまの楽しみなんだし。
それにしても、はやいわね、ケンちゃんがもう高校三年なんて。今日はあの子の好きなおかず作るから、あんたは同窓会楽しんでらっしゃい。
……えっ、お父さん? それがねぇ、今、電気屋さん行ってるの! パソコン買って来るんだって! あの人、サラリーマン時代から、『パソコンなんて得体のしれない物、俺は絶対使わない』って言い張ってたのに。
……えっ?そうよ、パソコンが一気に広まったころ、お父さんまだ定年前よ。だってウィンドウズ95ってのが出てから、もう20年以上経つでしょう? その頃お父さん、まだ50代だもの。
そう言えば、お父さんがパソコン嫌いになったきっかけ知ってる? 会社で、OLさん達からウィンドウズってあだ名つけられたからなのよ。…えっ? なんでパソコンできないのにウィンドウズかって? 窓際だったからに決まってるじゃない! アハハハハ」
ハルオ「おい、聞こえてるぞ!」
ハルオの妻「あら、お父さん帰ってたの! (電話に)じゃあミカ、またね。(電話を切って)まあ、大きなダンボール。本当に買って来たのね」
ハルオ「今日はケンタがうちに来るんだろう? だったら、ちょうどいいじゃないか」
ハルオの妻「ああ、ケンちゃんにパソコン教えてもらおうってわけ」
ハルオ「ケンタが来たら、すぐに私の部屋に来させなさい」
ハルオ、自室に入り、箱を開けつつ、
ハルオ「まったく! 娘と二人で人を笑いものにしよって! 一家の主を何だと思ってる!」
ケンタ「おじいちゃん、ケンタだけど」
ハルオ「おお、ケンタ! 入りなさい!」
ケンタ「わっ、ホントにパソコン買ったんだ」
ハルオ「これ、使えるようにしてくれ」
ケンタ「え~、面倒臭いなぁ」
ハルオ「おじいちゃんに向かってなんだその口のきき方は! さっさとやらんか!」
ケンタ、黙って手の平を指し出す。
ハルオ「ん? なんのマネだ?」
ケンタ「やってほしいなら、お駄賃」
ハルオ「まったく、お前のそういうとこは誰に似たんだ!」
と言いつつ、金を手の平に置く。
ケンタ「えっ、たったの500円?」
ハルオ「つべこべ言ってないで、はやく!」」
ケンタ「はいはい。(セットアップしつつ)おばあちゃんさぁ、びっくりしてたよ。おじいちゃん、いきなりどうしたんだろうって」
ハルオ「ばあさんの事はいいから、はやく!」
ケンタ「そんな急かさなくたってすぐ終わるよ……はい、できた」
ハルオ「よし! これで、インターネットとやらができるわけだな。どうやるのか教えてくれ!」
ケンタ「ん~、どこから教えればいいのかなぁ……。じゃ、とりあえず立ち上げて」
ハルオ「うん?」
ケンタ「立ち上げなきゃ始まんないでしょ。はやく立ち上げて」
ハルオ「……(ケンタの顔色をうかがいつつ、腰を上げてみる)」
ケンタ「はい、やると思った。おじいちゃんが立ち上がってどうすんの? 立ち上げるっていうのはパソコンの電源入れること」
ハルオ「だったらそう言えばいいだろうが!」
ケンタ「おじいちゃんのレベルがどのぐらいか確かめてみたの。電源のボタンはここね」
ハルオ「これを押せばいいんだな? (恐る恐る押すと、パソコンが起動し始める)おおっ、首尾よく行っておるようだな!」
ケンタ「はい、じゃあ次。この画面になったらユーザー名とパスワードを入力……って言ってもおじいちゃん、キーボード使えないから、指紋認証でログインできるようにしてあげる」
ハルオ「シモンニンショウ?」
ケンタ「はい、ここに右手の人差し指乗っけって。そうそう。(マウスやキーボードを操作して)よし。これでおじいちゃんの指紋が登録できた。電源ボタン押して、この画面が出て来たら、ここに右手の人差し指乗っけてね。そしたらインターネットを始める準備は完了」
ハルオ「(指紋認証でログインして)おおっ、画面が変わった! わが家にもついにIT革命の波がやって来たな! 次はどうすればいい?」
ケンタ「じゃあマウスの使い方教えるね。このネズミみたいなの。これがマウス。手を乗っけて動かすと、ほら、画面の上の矢印が一緒に動くでしょ?」
ハルオ「ほほう、なるほど」
ケンタ「そのまま左に移動して。そこにアルファベットのeみたいなマークがあるよね? その上でマウスのここんとこカチカチってやって」
ハルオ「カチカチッ! おっ!」
ケンタ「そうすると、検索サイトが表示されるからね。ここが、インターネットをやる時の入り口みたいなもんだから」
ハルオ「なるほど」
ケンタ「何か検索してみたい言葉ある?」
ハルオ「うーん……」
ケンタ「何でもいいんだよ。例えばおじいちゃんの趣味の『将棋』って言葉を検索すると、将棋関連の情報がずらっと並ぶわけ」
ハルオ「なるほどなぁ……」
ケンタ「あれ、何か歯切れ悪いね。おじいちゃん、何かやりたいことあるからパソコン買ったんでしょ?」
ハルオ「やりたいことは……(小声で)お友達になりたい」
ケンタ「えっ?」
ハルオ「お友達になりたい!」
ケンタ「お友達って、誰と?」
ハルオ「(照れて)ミサエさん……」
ケンタ「は?」
ハルオ「(モジモジして)68歳、未亡人。芸能人でいうと、若尾文子タイプ」
ケンタ「おじいちゃん、ニヤけ過ぎ。なんかキモい」
ハルオ「失礼なこと言うな! ミサエさんとはな、毎朝、犬の散歩の時に会うんだ。犬を連れてる者同士ってのは、自然と顔見知りになって、お互いの犬の話したりするもんなんだよ」
ケンタ「へえ」
ハルオ「そのミサエさんがだな、パソコンを使って、他の犬仲間たちとインターネットのお友達とやらになって、いろいろと交流してるらしいんだ」
ケンタ「ああ、『お友達』って、SNSで繋がってるってことね」
ハルオ「えす、えぬ??」
ケンタ「ネット上で日記みたいのを書いて、それをお互いに見せ合って交流してるんでしょ? 例えば、『イイネブック』とか」
ハルオ「それだ! その『イイネブック』とやらを使えば、ミサエさんとお友達になれるそうじゃないか」
ケンタ「はいはい。『イイネブック』のお友達申請のことね。因みにこの落語でわざわざ『フェイスブック』って言葉を避けて『イイネブック』って架空の名前を使ってるのは、うっかりザッカーバーグに聞かれると、権利関係がどうのとか言われて面倒臭いからだよ」
ハルオ「お前、何を訳のわからんこと言ってるんだ?」
ケンタ「こういうことには気付けないと。アメリカは訴訟大国だからねえ」
ハルオ「何だかわからんが、とにかくその『イイネブック』とやらでミサエさんとお友達にならせてくれ!」
ケンタ「(手を出して)ここからは、追加料金になります」
ハルオ「まったく! 金の亡者だな、お前は!」
ハルオ、怒りながら金を渡す。
ケンタ「なんだ、また500円かぁ。(パソコンを操作しつつ)あのねえ、おじいちゃん。こんな事おばあちゃんに知れたら大変だよ」
ハルオ「いや、何もばあさんにやましいことなんかない! ミサエさんとは、純粋にお友達として……」
ケンタ「はいはい、わかったよ。その人のこと検索するから名字教えて。田所さん?(検索して)ええと、この人かな?」
ハルオ「おっ、ミサエさんの写真だ!」
ケンタ「じゃあ、おじいちゃんのユーザー登録をして……ミサエさんに、お友達申請のメッセージ送るからね」
ハルオ「(鼻息荒く)た、頼むぞケンタ!」
ケンタ「(動物をなだめるように)どうどう、そんなに興奮しないで。メッセージ送信! ……あっ、もう返事来た。ミサエさん、承認してくれたよ」
ハルオ「(感極まって)ううっ…ありがとう、ケンタ。人間、真面目に生きてれば、いいこともあるんだなぁ」
ケンタ「大げさだよ。ほら、これがミサエさんの投稿。へぇ、この人お友達1,000人もいるよ」
ハルオ「1,000人!? おい、ケンタ、その中で目立って、他の連中を出し抜くにはどうすればいい?」
ケンタ「んー、とりあえずおじいちゃんに出来そうなのは、ミサエさんの投稿に『イイネ!』をすることぐらいかな」
ハルオ「イイネ??」
ケンタ「ほら、投稿の下に、こういう(親指を立てるジェスチャー)マークがあるでしょ? それが『イイネ!』のボタン。そこをマウスでカチッとやるだけ」
ハルオ「(やってみて)これでいいのか?」
ケンタ「そうそう。『イイネ!』のボタンにはいろんな意味があるんだけど、まぁ、とにかく『いい感じですね』って、挨拶みたいなもんだね」
ハルオ「なるほど。よし、どんどんやるぞ! (上機嫌で左手の親指を立てつつ、右手でクリックして)『イイネ!』『イイネ!』『イイネ!』」
ケンタ「おじいちゃん、中身は読まないの?」
ハルオ「おお、それもそうだな。なになに? (投稿を読み上げて)『今日は、かかりつけのお医者さんから、ガンマGTPの値が高すぎると言われました』。おい、これは『イイネ!』じゃマズくないか!?」
ケンタ「だからちゃんと先に読まなくちゃ……。あっ、誰かからおじいちゃんにお友達申請のメッセージが来たよ」
ハルオ「こ、この写真の美女からか!? ケンタ、すぐに承認のお返事をしなさい!」
ケンタ「ダメダメ。こんな若い美人からのお友達申請なんて、”なりすまし”に決まってるよ」
ハルオ「なりすまし?」
ケンタ「どっかの悪徳業者が美人の写真使って、若い女の人になりすましてるの」
ハルオ「なんでそんなことするんだ?」
ケンタ「おじいちゃんのユーザー名とパスワード盗んで、アカウントを乗っ取っろうとしてるんだよ」
ハルオ「アカ……なんだって?」
ケンタ「とにかく危ないから承認しちゃダメ」
ハルオ「(未練ありげに)そうか……」
ハルオの妻「お父さん、お風呂わきましたよ」
ハルオ「ああ、そうか……。ケンタ、お前、先入りなさい」
ケンタ「えっ?おじいちゃん、いつも『一番風呂は一家の主が入るもんだ』って……」
ハルオ「いいから、さっさと行きなさい!」
ケンタ「はーい」
ハルオ「(ケンタが去ったのを確かめて)行ったな……。ケンタ、男にはな、危険とわかっていても踏み出すべき時がある。この美女は悪徳業者か、はたまた本物か。一か八か勝負だ! 承認ボタンをカチッ!
……ん? なんだ? また美女から連絡が来たぞ。『お友達になってくれたお礼に私のセクシー画像を送ります。ここをクリックしてね』!?
ク、クリックってのは……ああ、カチッとやることだな? よし、カチッ!……わわっ!なんだ?画面がおかしなことになってるじゃないか!」
ケンタ「おじいちゃん」
ハルオ「ケンタ!」
ケンタ「ヤな予感したから戻ってみたら、やっぱりこれだよ」
ハルオ「な、何なんだこれは! 一体、何が起きてる?」
ケンタ「おじいちゃんが怪しいファイル開いたから、パソコンがウイルスに感染したの」
ハルオ「ウイルス? 何の話だ。私は風邪なんぞひいとらん!」
ケンタ「そうじゃなくて……とにかくこのパソコン、悪いヤツに乗っ取られたの。ほら見て。おじいちゃんがエッチなホームページとか出会い系サイトの宣伝しまくってることになってる」
ハルオ「な、なんだと?それをミサエさんも見てるということか!?」
ケンタ「その通り。これじゃあ、おじいちゃん、相当なエロジジイだと思われてるね」
ハルオ「バカモン! したり顔で解説してる場合か! さっさと、どうにかせんか!」
ケンタ「どうにかっって……こういうの結構面倒だからさぁ、追加料金もらわなくっちゃ。500円じゃあ、ちょっとなぁ~」
ハルオ「だったらいくら払えって言うんだ?」
ケンタ「うーん、どうしよっかなぁ……」
ハルオ「ああ、もう! とにかくはやくしてくれ! 緊急事態だ、金に糸目は付けん! 値段はお前の(親指を立てて)”言い値”で構わん」
〈了〉
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