見出し画像

ショートショート 「不都合な組み合わせ」

日本野球機構はプロ野球の球団を現状の12チームから16チームに増やすことに決めた。
発表がなされたその翌週、4つの枠を巡って争うライバル企業の経営者二人が商工会議所で出会した。
彼らは互いの存在に気付くなり、人目も憚らず激しい口論を始めた。

「単刀直入にお願い致します。降りて下さいませんか?」
「そうは参りません。あんたが降りて下さい」
「イヤです。あなたが降りて下さい」
「ヤなこった。降りるのはあんただ」
「いいえ。あなたです」
「いや。あんただ」
「あなたですよ」
「あんただってば」
「あなたなんです」
「あんただと言ってるだろうが」
「分からず屋」
「きかん坊」
「わがまま」
「駄々っ子」
「意地っ張り」
「困ったちゃん」
「頑固ジジイ」
「青二才」
「老害」
「ひよっこ」
「死に損ない」
「餓鬼ンチョ」
「ボケ老人」
「小便タレ」
「…話になりませんな」
「そっちこそ話にならん」
「埒が開かない」
「あんたのせいだ」
「せめて社名を変えて下さい。教育上好ましくないんですよ」
「そっちが変えろ。あんた方と対戦すると女性野球ファンから顰蹙をかう」
「どうしてうちが変えなきゃならんのです。我が社は創業百年の老舗なんですよ?」
「それがどうした? 俺は一代でこの会社を築いたんだぞ」
「百年!」
「一代!」
「我が社には伝統があるんです」
「俺たちにはガッツがある」
「成金」
「雇われ社長」
「…話になりませんな」
「そっちこそ話にならん」
「埒が開かない」
「あんたのせいだ」

と、偶然そこに居合わせた根本鉄道の社長が二人を宥める役を買って出た。

「まあまあお二人とも。ここは一つ野球の試合で勝負を決してはいかがですか?」

結局二人はこの提案を受け入れ、翌週末に試合が行われた。
結果は延長12回0−0の引き分けで、後日再試合が行われることとなった。

♦︎玉川製鉄0-0金田リゾート

玉 000 000 000 000|0
金 000 000 000 000|0

試合の結果はさて置き、根本鉄道社長の仲介は見事という他なかった。
雑誌記者の鈴木は一部始終を目撃した関係者からこの話を聞いて感銘を受け、根本鉄道本社に電話を掛けて社長にインタビューを申し込んだ。

「はい。お電話代わりました」
「あ、社長でいらっしゃいますか?」
「はい。そうです」
「はじめまして。私『週刊男性自身』の鈴木と申します」
「はいはい」
「お忙しいところお時間を頂戴してすみません」
「いいえ」
「先日商工会議所で玉川製鉄と金田リゾートの両社長が揉めた際、野球の試合で勝負を決めることを提案して見事に場を取り成されたそうですね?」
「ああ…誰かから聞いたの?」
「はい。私はその話に大変感銘を受けました。それで、ぜひインタビューする機会を頂戴したいと思い、お電話をさせて頂いた次第なのです」
「うーん…。せっかくの申し出だけど、そんな大したことをした訳じゃないし、年末で忙しいから今回はご勘弁願おうかな」
「そうですか…」
「悪いね」
「いえいえ。残念ですが、了解しました。ただひとつ気になることがありまして、そのことについて質問してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。とある情報筋から聞いた話なのですが、そのむかし根本鉄道もプロ野球参入を検討なさったことがあったのですか?」
「ああ、あったよ。私が入社した頃の話だからもうなん10年も前のことだけどね。社長は野球が好きだったからな〜。でもまあ社名を変えるわけにも行かないし、泣く泣く断念したんだろう」
「…どうして社名を変える必要があったんですか?」
「スコアボードを想像してみてよ」
「はぁ…」
「巨人が先攻で我々が後攻だったら、ちょっと卑猥でしょう?」

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集