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強迫性障害(OCD)確認癖について。一見変な人に見える行動の裏にあるもの。
確認癖に悩まされて約30年。ここ数年で考え方が少し変わってきました。
強迫性障害(OCD)の確認癖について
何それ?という方も、多いかもしれません。
私のケースになりますが、その症状と苦しみについて説明しますと。
端的に言えば、“とにかく確認がやめられない”のですが、具体的には、
①電気、ガス、水道、戸締りなどのチェック
②数や文字などが正しいかのチェック
③きちんと作業が終わっているかのチェック
④情報を理解し正しいものを選んだかのチェック
など、多岐に渡ります。
私の場合、20代の頃は①が酷く、夜寝る前のルーティンが
ドアを数回ガチャガチャして戸締りチェック。
ガスのスイッチを指差し確認しながら声を出して「閉じてる、閉じてる」と何度も口に出す。
水道の蛇口を何度も捻ってハンドルの閉まりをチェックした後、蛇口の先の下で指を左右に振り、水が感じられないかチェック。
というもので、一つ一つ自分が納得するまで時間がかかるので、全て行うとかなりの時間とエネルギーを要します。
面倒になって先延ばしにし始めるので、そのおかげで就寝が遅れる、なんてこともありました。
この障害の難しいところは、“大丈夫。間違っていないと分かっていても、確認をやめられないこと”なんです。
自分でもバカバカしいと分かっている。でも、もう一度確認したいという衝動を抑えられず、もう一度だけ…と、確認する。そして、それが何度も続くというものです。
単に確認が多いだけでしょ?慎重で丁寧で寧ろ良いじゃないと言ってくださる方もいるんですが、何事も度を超すと問題が起こるもので。
慎重な人は多めに確認をするものですが、それが生活に支障をきたすレベルに至ったら“障害”となってしまうということですね。
確認癖の発現
最近はありがたいことに①は随分収まって、一回で終われることもあるのですが、②③④は酷いので、生活に大きな支障が出ています。
例えば②では、高校時代のアルバイトから兆候が見え始めました。
自動車のシートベルトの工場のラインで、部品に挟まっているあるパーツが、1枚かどうか確認する、というシンプルな作業だったのですが。
0枚でも1枚以上でもダメ。1枚でないと、後になって大事になると聞いていました。
その不安もあってより酷くなったのだと思いますが、パーツを手に取りその部品が見えるように端を開け“1枚”と確認するも、もう一回見ておこう、もう一回…と止まりません。
結果、私のところでラインが停滞し、隣の人が徐々に「何をそんなに見てるんだろう?」と、怪訝そうに私を見始めます。
その視線を感じて余計に焦るものの、それでもなかなか止められず、止めると決心してもまたやってしまうという繰り返し。
当時は、これは何だろう、なぜこんなことになるのか?と分からず、ただただ困惑していました。
次に気付いたのは、大学生の時のアルバイトでスーパーのレジ締めをしていた時でした。
最初の頃は、要領が分かったらすぐにできるようになり、サササと終わっていたんですが。
途中で、これは売り上げの計算だから大事だ、しっかりやらなければ、と考え始めた途端、お札を数えるのも一回では心配になり、束を何度も数え直し、硬貨も指ではじきながら何度も確認する、さらに記入の時に数字を何度も読み返したり口に出したりして、納得がいくまで終われず、いつも締め作業がほぼ最後という状態になってしまいました。
目だけの確認では頼りなく、口に出して聴覚、触ることで触覚でも感覚を刻みつけようとするのですが、脳内でうまく処理がされないのか“これでOK”というサインがしっかり出ない、という感じです。
就業上の苦悩
精神科医に聞くと、薬物療法としては抗うつ剤になるそうで、それ以外で本人が行える対処としては、とにかく確認を我慢することしかないそうで。
確認を繰り返すほど悪化するので、その衝動をこらえることしか方法がないようです。
それができたら苦労しないんです…ということで、私の確認癖との闘いは、就職してから本格的に幕を開けました。
母から、長く続けられるからと事務を勧められたこともあり、何度かチャレンジしたのですが。
繊維を扱う商社の営業事務では、布一反ごとの在庫や仕上がり期日のコントロールを行う仕事だったのですが、数字だらけで当然確認の嵐。
仕事全体のイメージが掴みづらく興味が湧きにくかったこともあって、二重の苦しみを味わいました。
次は、これまで勉強してきた英語の要素を入れてみたらどうか、と貿易事務にチャレンジしましたが、これも撃沈。
10時までに発注を終えなければならないという時間制限のプレッシャーも大きくかかりました。
タイピングは速いので、データ入力はすぐ終わる、そして入力の正解率も高く90%以上ということも、自分で分かっているんです。
だから、念のため最後にチラッと一回確認すれば十分。それで間違いがないだろうことは、それまでの観察でよく分かっているにも関わらず、そこからが長いんです…。
例えば表内の左右の数字が合っているかの確認で、左の数字が46925なら、脳内で、「よんろくきゅうにいご」と覚えて右欄を見ます。
そこで「よんろくきゅうにいご」とチェックして、ヨシ合ってる、となるんですが、自分の確認が信じられず、これを何度も、酷いと10回を超える確認をしてしまいます。
脳内の何かの情報伝達が上手くいっていないように感じます。
余りに時間がかかるので、同僚が私を見ていて、皆の前で大声で叱責されたこともありました。
「今、何回確認しましたか?」と詰められ、「さ、3回くらいですかね…」と小さくなって嘘をつく私に「10回は確認してましたよ!10時までに発注なんです。分かってます!?」と怒鳴られて。
仰る通り。重々分かっているし、自分でも辛くて辛くて仕方ないし止めたいのに、なぜ止められないのかと思っているので、敗北感と惨めさの境地でした。
マッチング最強の職場との出会い
その後マンションコンシェルジュの仕事に就いたのですが、8年半の間あまり困らされずに済みました。
時々、例えば各部屋の家電製品の品名と型番を一覧表にする時やメールの返信、配布するお知らせ作成などの時は癖が出るんですが。
好きなお仕事だったので興味があることもあって、ある程度で止めることができました。
入居者さんからFAXを送ってほしいなどと言われた時も癖が出ましたが、FAXに5分も待たせる訳にはいかない、という意識が働くので、制限時間がごく短く決まっていれば大事には至らないということが分かりました。
心境の変化
こういった転職の繰り返しを通して、自分の苦手なことの克服に多大なエネルギーを注いでも、平均以下か、必死でギリギリ平均へ持っていくことしかできないことを徐々に実感しました。
とにかくエネルギーの消耗と徒労感が大きい。“誰にでもできる簡単なこと”が、自分にもできると思いたい、または逃げたくないという気持ちが強く、諦められず何度も追いかけてしまったんだろうなと思います。
最近は、できるだけ避けるという方法を取ったって良いじゃないか、と思えてきました。
確認処理のボリュームが大きい仕事は、自分には消耗が激し過ぎる。パフォーマンスも悪く、周りの人の足も引っ張るし自信はなくすし、良いことがない。
じゃあ、自分の強さ、対人スキルが生かせる仕事の方に、思い切って全振りした方がいいんじゃないか。
仕事探しで“確認作業のボリュームが少ない”を考慮して探すと、極端に数が減ります。
そもそもそんな条件で検索はできないので、探すこと自体酷く手間がかかります。
また、私の場合、そこに極度のブルーライト過敏や聴覚過敏が加わるので、選択肢がさらに狭まることになり、不安で憂鬱になることもあります。
また、仕事以外でもプライベートメールのチェックや通販の注文、新幹線の予約までありとあらゆるものに過剰な確認がついて回るので、目と脳の疲労も半端ありません。
薬局で薬を渡される時、スタッフさんが「1つ目のお薬ですね。5.10…35、ありますね。2つ目は…」と一回で数え終わるのを見て、こんなふうにできたらなぁ、といつも憧れの眼差しで見ています。
こんな場面を羨ましいと思っている人なんて、私ぐらいじゃないか、といつも苦笑いしています。
疲れて仕方ないとうんざりすることもしょっちゅうですが、皆それぞれいろんな事情を抱えながら必死で試行錯誤してるんだよね、と自分を奮い起こします。
体調が悪いと、必要以上に悲観的になるので、体調管理と自分のメンタルの状態観察を続けながら、ベターな道を探っていきたいと思っています。
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