【0021】えむしたのこと「えむちが歌うと、誰もがふり返った」
話が弾むと、ところかまわず歌いだすのはわたしもえむちも同じで、それが店内だったりすると「お客様……」と、困惑の色を浮かべた店員から恐る恐るたしなめられた。
えむちが歌うと、誰もがふり返った。彼女が本気で歌ったら、わたしの声なんて簡単にかき消されてしまう。ふたりで歌うってことは、つまりそういうことだ。えむちの本気を出し惜しみさせてしまう。
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ルームシェアをしながら、歌い手活動をしている「明日」と「えむち」。明日の部屋の一輪挿しが枯れ、花瓶の水が澱みはじめた頃、えむちはようやく今回の失踪が普段の気まぐれとはどこか違うのではないかと察する。不安は的中しており、明日の体には常盤色化と呼ばれる異変が生じはじめていた。植物の蔦を模したようなしみが皮膚に広がり、やがて全身を覆ってしまう奇病。一方、えむちはある事件をきっかけに人前で歌うことができなくなっていた。移り変わってゆく、彼女たちの季節を追う物語。
小説「えむしたのこと」
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