調律師とピアニストの関係〜ピアノの音の創り方
本日はちょっと雰囲気を変えて音楽系のブログ。
専門的且つ個人的な内容が多いです。
音楽業界に興味のある人、ピアニストを目指している人、調律師を目指している人は参考までに。
同業の人はあるある〜的な視点でコラム的に楽しんでください。
親友の調律師の死から一年
このnoteを書いたのが一年近く前になります。
というのも、今月はKotaro Studioの親睦会と題して我が家でスタジオに関係する人をお招きしてパーティーを開催。
で、当然親友だった調律師にも参加してもらわなければいけないと写真選びをしていて、思い出などが蘇ってきたりしたので記事を書いていきます。
ちなみに遺影に話しかけることは最高のグリーフケアの一つ。
こちらの記事も是非参照してください。
ピアニストと調律師
通常ピアノ演奏というと、ピアニスト一人ではできません。
必ず調律師と二人一組のペアで演奏会を行います。
なので、ピアニストといえばすべてのオーケストレーションを一人でできるすごく独立した楽器であるかのように思われがちですが、調律師がいなければまともに演奏もできない、超半人前なんです。
じゃあ、自分の楽器なんだからピアニストも調律やメンテナンス覚えればいいじゃん?
となりそうですが、それは不可能に近い。
それは調律師もピアニストと同じかそれ以上の修行と鍛錬を積まないとできない作業だからです。
ハンマー(ピッチを調整するための道具)くらいは持ち歩いているピアニストもいますが、ピアノの調律とはピッチを合わせるものではないんです。
ピアノという宇宙、音の創り方
ピアノって宇宙だよな〜
そんな会話はピアノ業界ではよく起こります。
もしくは、生き物。
ピアノは一音音を発すると、そこからまるで生き物のように変幻自在、縦横無尽に飛び回り、飛び跳ねます。
ピアニストはその生み出す生命(音)に
どんな羽をつけてあげるのか?
どんな靴を履かせてあげるのか?
どんな乗り物を用意してあげるのか?
どんな子(音)に育てるのか?
といったことをすべての音に対して責任をもって考察し、コーディネートしていきます。
当然その生命(音)は調律師がいないと誕生しません。
ピアニストと調律師は簡単にいってしまうと生命というアートを創る最小限の芸術チームであるといえます。
1ミリ単位の世界すら存在しない
調律は、まず調律師が全体をしっかり整えていきます。
そこからピアニストと相談しながら音の調整に入っていくわけですが、1ミリとか0.1ミリとか、わずか、とかそういう単位すら存在しない世界に突入していきます。
おかしい(僕らが生み出したい音じゃない)音があるときはだいたい調律師と意見が一致します。
『ああ、そこじゃな(津山弁)』なんていって、じゃあどうするのか?『この音、こうもっとはあーーーーうう、、、、っつ(謎の言葉)って感じだよね。』『そうじゃな!』とやりとりしつつ、道具をはめ込むんですが、道具は触ってるけど、側からみてても物理的に動かさない。
物理的に動かしてないんだけど、確かに弾いてみると『はあーーーーうう、、、、っつ(謎の言葉)』ってなってる。
プロのピアニストの調律現場とはそういうレベルの調整が行われています。
時には遊ぶ
ピアニストももちろん物理次元を超えた精度でピアノを見ていますので、弦の質感や、鍵盤のアクション、その他のパーツをミリ以下の単位で指先で受け取ります。
ピアノには一般的に88鍵盤、88個の鍵盤があるわけですが、この中でたった一個でも鍵盤の下部分の湿度がかわるともう気持ち悪くなっちゃう。
『まっちゃん、ここの音出てる音はええけど、タッチ(指の感触、質感)がおかしいで』
『さすがじゃな、そこ一個だけ触ってないんじゃ』
ばっちり決まって、時間に余裕があるときはこんな遊びをしたり。
もちろん対調律業者の方はこんなことはしませんが、友人同士のチームだと楽しみながらこうやって遊びます。
そしてそんな仕掛けをしてくれるもんだから、ピアニスト側もより入念に、おかしなところがないかディープに一音一音チェックする。
それがより高い精度に繋がっていきます。
で、そこまで何度も何度も調整を繰り返し、次の工程です。
ちなみに次の工程にいく前に暖房の温度が変化して全部パー・・・とか普通にあります。
音の座標を決めていく
次にピアノの位置です。
ここから録音エンジニアとも協力しながら音が空間にどのように旅立っていくのかを丁寧に見極めます。
羽の子が湿度が高すぎて失速している
スポーツカーに乗せた子がクラッシュしちゃう
ゆりかごにのせた子を泳がせる
どんな音に育てたいのか?
どんな音を客席に届けたいのか?
様々な角度から入念にチェックしていきます。
ピアノの場合一度動かすとなれば三人がかりなので、三人で1cmとか2cmとかの単位で微調整していきます。
ホールの場合は反射音の時間、滞空時間、入場予定のお客さんの数を見込んで(お客さんのお召し物で音の吸収率は変わる)想像しながら考えます。
当然冬の時期はお召し物も分厚いですし、夏場は薄着、音の反射率や吸収率は大幅に変動します。
これらの工程をすべて行うのに、環境や状況によりますが、だいたい4時間〜5時間といったところでしょうか。
本日はピアノの音創りについて、調律師とピアニストの関係性を交えながらお届けしました。
こんなエピソードも・・・
とある巨匠ピアニストの来日コンサート。
絶対に聴きに行かないといけないと思い、チケットを購入して、いざ。
海外の来日アーティストなども調律師同行で来ることもありますが、現地の調律師と即席でチームを創ることが多いわけです。
そのコンサートはとあるアルバムのリリース記念コンサート。
そのコンサートがどんなリハーサル、調律を経て行われたかはわかりませんが、ベートーベン、悲壮第一楽章というと、Cm、ハ短調の和音が全力で鳴り響くわけですが、巨匠がその和音を鳴り響かせたところ・・・
『あっ、やっちまったな・・・』
とピアノ関係者なら誰もがわかるとんでもない和音が鳴り響きました。
ピアノ椅子に座る巨匠の顔が苦痛に満ちている。
そして、『このまま弾き続けるか?』本気で一瞬迷った様子を感じました。
この一瞬の恐怖の間、だけでエンタメとして充分に楽しめたのですが、ネットでも演奏内容がちょっと・・・
という記事も乱立するほどすごいコンサートになったわけです。
後半、巨匠の『早く終わらせて帰りたい怨念』が会場を完全に包み込んでいました。
ピアニストにとって調律師が創る音は最高のメンタルメディスンにもなりえますし、ピアニストを地獄のどん底へと突き落とすこともできます。
調律師は裏方ながらそのピアニストの演奏生命をも完全に握っているわけです。
だからこそ、お互いに絶対の信頼関係が必要。
そんなピアニストと調律師の関係についてのコラムでした。
ピアノ作品たち
Kotaro Studioではそんな音の宇宙、ピアノの音を研究、追求しています。