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逢坂志紀掌編集

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筆者、逢坂志紀の掌編、短編集。
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2020年5月の記事一覧

夏の空はどこまでも高くて Vol.7

夏の空はどこまでも高くて Vol.7

ミホがオレの腕の中にいる。

お互いの体温を感じて、しばらくそのままでいたあとで見つめ合った。

ミホの目が、何か言葉を求めていた。

オレはそれが怖くて、ミホの両の頬を右手でつかんだ。軽く押しつぶすように握って言った。

「ぺこちゃん」

するとミホが笑って、オレも笑って。するっとミホの両腕がオレの首の後ろに回った。

「リョウジのアホ、あんなに好きやったのに。なんでどっかいってまうのよ」

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夏の空はどこまでも高くて Vol.5

夏の空はどこまでも高くて Vol.5

ナミさんの店は中央に各辺の長いコの字型のカウンターがあって、両脇、店の隅にそれぞれ二名席と四名席のテーブルがあった。

オレたちは四名席のテーブルに通された。

おしぼりを受け取り、ナミさんに明るい声で「なににするー?」と問われた。

「えっと、日本酒、ガツッとしたやつ」

「私赤ワイン、ガツッとしたやつ」

オレたちの注文にナミさんがケラケラ笑う。

「そうだ、二人関西人じゃん。しかも好み合うね

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夏の空はどこまでも高くて Vol.3

夏の空はどこまでも高くて Vol.3

「カナタは相変わらずやなあ」

「ミホはまた太ったよね」

「呼び捨てにせんとってってば~」

ミホとカナタばかりがしゃべっている。

というか、いちゃついている。何の会だよ、おい。

懐かしい顔ぶれが、懐かしい店で。十年ぶりの再会のあっけなさに、なんというか時間が巻き戻ったような不思議な感覚を持っていた。

あの頃は酒量をセーブして、さほど飲まなかったミホがあっという間に一杯目のビールを空けるの

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夏の空はどこまでも高くて Vol.1

夏の空はどこまでも高くて Vol.1

人生で一番旨かったビールは、あの学生時代を過ごしたアパートの裏手にある川原で、彼女と飲んだ缶ビールだった。

あの夏の日、オレたちは隣にいた。

あくる年の夏に来る別れなんて知らず、ただ、あの夏を情熱的に共に過ごした。

十年を経て、もう一度出会う日が来るなど、みじんも思っていなかった。

大学時代の後輩のカナタに呼び出された。

結婚するから祝え、という。オレは渋々都内から片道一時間半かけて、大

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