夏の空はどこまでも高くて Vol.7
ミホがオレの腕の中にいる。
お互いの体温を感じて、しばらくそのままでいたあとで見つめ合った。
ミホの目が、何か言葉を求めていた。
オレはそれが怖くて、ミホの両の頬を右手でつかんだ。軽く押しつぶすように握って言った。
「ぺこちゃん」
するとミホが笑って、オレも笑って。するっとミホの両腕がオレの首の後ろに回った。
「リョウジのアホ、あんなに好きやったのに。なんでどっかいってまうのよ」
「なんでやろうな」
のんきにつぶやくとボディブローを見舞われた。
「ミホ、おまっ、やめろて」
両手を上げて降参の姿勢をとった。早く行こう、促されて、うやむやにしたまま河原にたどり着いた。
さわさわと流れる水音、年季の増した木製のベンチ、手入れからしばらく経って生い茂る緑たち、みんな変わっているだろうに変わって見えなかった。
「懐かしいな」
「うん、懐かしい」
オレがポツリと言うと、ミホがそう返した。
ベンチに横並びに座って、レジ袋から缶ビールを取り出して、ひとつを自分の手に、もうひとつをミホに差し出した。
「なんか、歌いたくなるよな」
オレが笑いを押し殺して言うと、ミホがオレの左肩を叩いた。
「ホンマよな。何歌う?」
「アカンやろ、近所迷惑やん」
「そう言うてあの頃も歌わんかったね」
「そやったな」
川の流れる音が強くなった気がする。風の吹く音もハッキリ聴こえ、月明かりが射した。
意を決して切り出した。
「運命の話やけど」
「うん」
左側を振り返ってミホを見る。
「オレは信じひん」
ミホの目が驚きで見開かれ、その目が落胆の色に染まるのを見た。
「こうなることが初めから決まってたとは、オレには思えん。ミホがなんとなくカナタに連絡したのも運命やったっていうのは、なんか違う気がする」
隣でミホが目元をこすっている。昔もよく泣かせた。今も、泣かせている。
「オレさ、ミホがいなくなってから色々な経験して。変わったとか、変わらんとか、分からんけど。あの頃とは別の人間になってる。どれだけ姿形に大きな変化がなくても、内側ってそういうもんやと思う」
ミホは何度も頷いているが、その顔は両手で覆われている。
「ミホもさ、色々あったんやろうな」
オレの言葉にミホがこちらを見た。
「そういう話をさ」
走馬灯のように走る、あのこと、このこと、忘れたいすべてのこと、忘れたくないすべてのこと。きっとオレは忘れたくなかった、あの頃この河原で過ごした日々を。
「ゆっくり聞かせてや」
こくりとミホは頷いた。
「十年がそれで埋まるかどうかは分からん。でも、今日、ミホがオレに逢いたいと思ってくれたことが嬉しくて。そうやって勇気出してくれて、だからってわけじゃないけど、その気持ちに応えたくなってる」
ミホの右の肘がオレの脇腹に入る。
「なに、気持ちに応えたくなってるって。えらそう」
でも、ミホのその表情は幸せに満ちていた。オレは、この瞬間ミホといられることが天の配慮で決まっていたのではないかと、不意に思った。
「やっぱり、運命論者になろうかな」
つぶやいた言葉にミホがくつくつと笑う。
「都合のええ男やな」
ミホの笑い声がどうしようもなく、胸の奥に響いた。
「ご都合主義なんや」
そう言って笑って、サッと身をひるがえしてミホの唇に自らの唇で触れた。
「都合悪くなったら逃げるもんでよろしくどーぞ!」
「んなもん許すか!」
今度は飛んでくる右フックを交わした。おかしくて、たまらなくなって、二人で大きな声で笑った。
最終回へ 続く
Vol.1でいただきました。
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