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逢坂志紀掌編集

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筆者、逢坂志紀の掌編、短編集。
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2020年2月の記事一覧

それは偶然なんかじゃなくて Vol.4

それは偶然なんかじゃなくて Vol.4

 ナオ。オレがナオさんをそう呼ぶことを許されるのは、そういう時だけ。いつだったかナオさんはオレの気だるい体を抱き締めて言った。ジュンヤってすごくピュアだよね、と。

 ナオさんの前に付き合った恋人は、すごく感情の起伏の激しい女性だった。喜びも、怒りも、全部大きくて、重くて、でもナオさんはその真逆。感情を見せてくれない。本音が見えない。だから思わず言ってしまった。

「ナオさん、誰のこと考えてる?」

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それは偶然なんかじゃなくて Vol.2

それは偶然なんかじゃなくて Vol.2

それは偶然がいくつも重なったから。

交際している恋人のどうでもいい愚痴を言っていた。それに合わせて笑って、彼女は大丈夫だよとかなんとか、慰めてくれていた。

そう、そういう答えが来ることを知っている。オレは自分で自分をずるい男だなと思う。昔から、相手に望むことを言わせることが出来る。それは後天的に得た心理学のテクニックとかではなくて、オレが純粋に元から持っているもの。

だからその日、店を出る前

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アバ捨て山

アバ捨て山

 とある田舎の山奥に村がある。その村はある山の麓にあり、その山はこのように呼ばれていた。

 “アバ捨て山”

 その由来は古く、この村がまだ出来たころ江戸の中期までさかのぼる。

「そよ」という名の女がいた。そよは大変美しく、村中の男の視線を我が物としていた。そんな魅力的な女だったからか、次々に男をとっかえひっかえしていた。

 騒ぎがあればその中心にいるのはそよで、そよが寝取った男の妻が激高し

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失恋症候群

「あ、二月か」

 オレは自室の卓上カレンダーを見て、その時期が来たことを自覚した。二月は苦手だ、ものすごく。でもそれはここ何年かのことで、特別な理由があるとは思ったことがなかった。

 考えてみれば当たり前だったのだ。この二月というのは“あの季節”じゃないか。

 ネクタイを締めて、ジャケットに袖を通す。サラリーマンの出来上がりだ。昔からスーツが似合うと言われる。そして自分でもまあそうだろうなと

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