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noteを書き始めたら、暮らしを豊かに感じられるようになった。

伝える技術を伸ばしたい。そう思って始めたnote更新の継続。
8月末からだったので、3ヶ月ほどとなる。
そう思い立った経緯についてはこちらをどうぞ。

可能な限り毎日、更新する努力はしているけれど、仕事や育児、我が家に訪れてくれる友人、家族との時間を優先すると最初に決めていたので、実質、平日の毎日更新のような形になっている。けれど、自分ではこれを継続と呼んでいる。

どこかで見た何かの受け売りなんだけれど、途中でどれだけ期間が開こうとも、自分で継続していると納得できれば、継続と呼んでいいのだ。書こうという意識は、日々途切れず続いている。

そして短いながらも、書き続けてみたことで、暮らしを豊かに感じられることも増えてきた。ということで、今回はそのことについて紹介をしたいと思います。

- 自分も表現者になることで、他の表現全般が気になるようになった。

表現者。もしかしたら、周りから認められた人のみ名乗ることを許された称号、のように思えることもあるかもしれない。けれど、月並みな言い方をすれば、誰だって表現者になれる時代なのだ。
高校生の頃、ダンス部に途中入部した経験があるから、よくわかる。初心者であっても、ステージの上に立てばもう、ダンサーとしてみられるのだ。それと同じで、自分で文章を書き、表現し、それをみられる場所に載せれば、表現者の仲間入り。実はInstagramでもFacebookでもXでも、投稿すればそれは表現となるはずで。けれどnoteはサービスのコンセプトもあって、「表現」という言葉が他のSNSに比べてしっくりくる。

ということで、noteに継続して投稿しているわたしは、表現者なのだ。質の良し悪しは別として。そして表現を続けることで、他の人の表現に一層興味が湧いてきた。本をより読むようになったし、音楽を聴くときは、歌詞を詩として読んでみるようにもなった。動画や絵の表現も、ここにはどんな意味があるのだろうと、想いを巡らすようになった。そしてそれが、楽しいのだ。
これを、豊かだと感じずにはいられない。

-  継続により上がる自己肯定感。そして反応が純粋に嬉しい

続けようと決めたことが、3ヶ月続いている。暮らしのクオリティを下げることなく。それはひとつの自信につながる。肝心の表現力はというと、まだまだ模索中のところではあるけれど。しかし、自分の文章のリズムのようなものがわかってきた。ので、他の真似してたい人の文章を学び、自分としての型を身につけていきたい。といったように、継続が自信につながり、新たな目標も生まれてくる。人生において、これもまた豊かなことではないでしょうか。
また、意外と「note読んでるよ」という声に出会うことが多く。これだけでも嬉しいのに、「あの記事から自分も考えてみた」だったり「めちゃくちゃ共感!」といったことも言ってくれるので、本当にありがたく感じる。ほんといつも読んでいただいて、ありがとうございます。

こうやっていろんな反応をもらえることも、noteを書くことの醍醐味のひとつ。そしてそれは、わたしの人生を豊かにしてくれている。

- 夜を好きになった

これはわたしの暮らし方と更新時間によるものなのですが。
今までの人生、どちらかというと夜は体を休めるためにあるものだった。ずっと部活をしていたり、ゼミの研究に精を出したり、その日の限界まで体を動かし、あとは寝る。移住した後も、体を動かす仕事が多いので、体を休めなければ次の日にも支障が出る。子育てもそこに加われば尚更だ。
といった感じに、夜に対する印象は、良いも悪いも特にない、体を休めるための時間だった。のだけれど、夜に自分のための時間をもつようになったことで、1日の終わりに自分のためのご褒美の時間ができたような感覚になった。ボーナスタイム。

時間としては1〜2時間程度。noteを書き、まだ余裕があれば本を読む。アウトプットとインプットの時間。ずっとその時間を持ちたいと思いながら、他に優先すべきことがあった(あると思っていた)ので、とれていなかった。けれど、やってみれば意外とできる。もちろん、楽ではないけれど。

この「少し無理をする」という感覚が、父になったと同時に薄れてしまっていた。そしてそれを取り戻せて嬉しく感じている。家族に不要な負荷はかけたくないが、自分自身も成長し続けなければ、夫としても父としても、何より人間として面白くない。そう思ってしまう性分なもので、この夜の時間が嬉しい。
この時間が、これからの自分の人生を豊かにしてくれると、確信している。

- 今までよりもメモをとることが増えた

中学の頃、国語の先生が「メモ魔になりなさい!」と、髪を振り乱しながら言っていたのを覚えている。本当に、髪を振り乱しながら言っていた。ショートヘアーだったのだけれど。
なんてことはどうでもよくて。真面目なわたしは、多分それ以来、意識してメモを取るようになった。高校や大学に進んでからも、メモを取るように各所で言われ、その度に少しずつメモスキルも身についていった。

そしてまた、こうしてnoteを更新するようになったことで、メモを取る頻度が上がったのだ。今までだと「頭のメモでいいや」という、メモ魔の隅にも置けないような発想で書き逃していたようなことも、スマホにやノートに書き残すようになった。そうすることでやはり、思考が深まったり、整理されたり、関連して新たな気づきがあったりする。

メモの総量は、その人の厚みにもつながると思っている。もちろん単純には言えないが。しかしそれだけ考え、感じたことが残されているのだから、軽く見ることはできない。そんなメモ。それが増えるということは、やはり暮らしを豊かにしてくれている。

更新を続けてみたら、いいことだらけだった。

今回は4つ、noteの更新を続け始めたことで感じた豊かさを描いてみました。が、まだまだ増えそう、深まりそうな予感。それだけやはり、表現するということにはチカラがあるのでしょう。そのチカラを信じ、磨き続ける。という意味を込めて、noteの更新をこれからも続けていく。楽しみながら。

そんなことを考えながら書くことができた。
やっぱり、noteを更新することは、いいことだらけだった。


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