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音大の夏期講習&日々の練習時間

(過去記事:妖艶なクラスメイトからの続き)


音大を受験する者にとって、夏休みと言えば、入学してみたい大学の夏期講習を受けに行くことにエネルギーを注ぐ者が多い。


夏期講習は、その大学(短大も含む)を受験したいと強く希望している者が、あらゆる都道府県からやってくる。
私の志望していた音大では2泊3日だったと記憶している。
皆大学近辺のビジネスホテルを早くから予約し、保護者同伴で来る者や、1人で受講しに来る高校生も居た。

私は母が予約していた駅前のビジネスホテルに、初日のみ母が同行し、仕事があるので母は先に帰った。


夏期講習で何をするかと言えば、主に個人レッスンとソルフェージュなどの試験対策だ。
プラス、どんな大学か色々校内の見学もでき、プチオープンキャンパスと言ったところだ。


私が受験した年は、まだ大学が移転し、建て直したばかりの校舎であったので、とても綺麗で、周囲は見知らぬ人ばかりだったが、少しずつ話せる高校生仲間ができた。


夏期講習での個人レッスンは、師事していた“ビゼー教授″ではなく、あえて大学側で振り分けられた先生の指導を受けた。
その当時、助教授だった女性のT先生から個人レッスンを受講することになった。

ベートーヴェンの何番か忘れてしまったが、ソナタを用意し、個人レッスンに向けて音大敷地内にある“練習棟″を空き時間に予約して練習する。

練習棟の中にあるほとんどの部屋が、アップライトピアノの部屋で、グランドピアノの部屋に当たったらラッキー!くらいの感じだ。

練習棟を利用するのは、ピアノ科だけでなく、声楽から管楽器、弦楽器、打楽器、作曲科コースの者まで多岐にわたる。
空き時間を見つけては、せっせと練習棟に通い、予約をした。
と言っても、夏期講習のスケジュールはコミコミなので練習と言ってもガチ練ではない、せいぜい1日1、2時間、微調整の範囲である。


講義を受けていた時、側に座っていた紀香と美里ちゃんと仲良くなった。
何でも2人は私と同じ県出身で、同じ中学、高校のお友達同士であった。

紀香と美里ちゃんも、まずは短大の音楽科を受験するという事もあり、1人で心細かった私にとって、初めてできた友人だった。

ランチなども彼女たちととった。


ソルフェージュの聴音の講義の時間、入試本番さながらに、音大の先生がピアノの音を弾いてゆく。それを耳で聴いて楽譜にしていくのだが、いきなりPHSのけたたましい着信音が教室内に鳴り響いた。


『聴音の時間に誰だよ…常識ねぇなあ…』



その持ち主はマキという派手目な女子高生だった。
後に入学してから、上記に挙げた紀香&美里ちゃん、マキとは同じグループになり、頻繁に遊ぶことになる。




さて、夏期講習のメインイベントは、その大学の先生からの直々のレッスンである。

女性のT助教授が怖かったらどうしよう…
なーんて思っていたが、とても優しく丁寧に教えてくださった。

そのT助教授は、入学してからも何かと縁があったが、後で考えると、その先生に師事しておけば良かった…と後悔する日々がやってくる。



私が音大を受験した当時は、ピアノ科だけで1学年に80名以上居た。
短大の授業料は当時年間130万、四年制は170万くらいだった。現在は、少子化&不景気のせいもあり、学生の数は半分以下だと耳にした。

音大に進学するためには、入学金30万、防音付きワンルームマンション、グランドピアノ…毎月のレッスン代(地元の先生と大学の教授のダブル掛け持ちをしている人も多い)…様々な名目で大金が吹っ飛んでゆく。

それでも私が行った大学(最初は短大)は、全国にある音楽科も含むあらゆる“音大″や“ピアノ科がある大学″の中のうち、学費は下から数えて13番目であった。母と一緒に調べ上げて下から順に数えた。


皆さんもどこかで聞いた事のあるような、東京の名の知れた音大となると、年間の学費が220万〜なんてザラである。もちろん実力もいるが、何はともあれ金がないとお話にならない世界なのが現実だった。


よく私立医大の次に高いのが、音大美大と言われていた。一般の私立大学のおよそ1.5〜2倍の学費。

音大を無事卒業したところで、生涯にわたってそれを生かし、回収できるかどうかは本人次第。

私は最初短大のピアノ科に入学し、後に四年制に編入学したが、後半2年の学費は日本育英会から奨学金を全額借りた。


その点、東京藝術大学等の国公立の大学は非常に良心的である。
しかしながら、実技試験はとてもレベルが高く、東京大学へ合格する者が小さな頃から英才教育を受け、“受かるべくして受かった“という状態と非常に似ている。

一般の大学で言うところの東京大学=東京藝術大学、早慶=桐朋、国立(くにたち)の図式に例えられることが多いのは現在もそう変わらないだろう。


私の高3の夏休みは、受験する音大の夏期講習の日程、それが終わったら地元に帰ってピアノの練習の日々、お盆の繁忙期のみ、短時間だけスーパーレジのアルバイトを入れた。




『音大を受験する者は、1日どれくらい練習時間を取るのか?』
よく聞かれたが、こればかりは人それぞれである。

受験する大学のレベル、本人の活力よっても全く異なる、一般の大学を受験するのに1日どれくらい勉強するのか?という質問に似ている。


私の場合は、夏休み期間中に限って言えば、レッスンのない日は午前中2時間、午後〜夜間にかけて3時間、1日最低でも3時間以上。
日によってまちまちだが、平均して3時間〜6時間前後が多かった。


前の日の腕に戻るのに、およそ2、3時間。1日でも弾かなかったら、元に戻るのに3日かかる。

手は筋肉なので、練習しないとすぐにバカになるとも言われた。スポーツの競技と同じだ。

しかし大切なことは、何時間練習した…という時間が問題なのではなく、量より質、効率よく練習すれば、1日中弾いていなければならない、というわけではない。
今日はココまで…と短期的な目標を決めて練習する方が性に合っていた。



大人になり、趣味でピアノをやったり、誰にも何にも束縛されず、自分のペースで好きに弾ける環境が、実は1番楽しいのかもしれないという事に気づいたのも、これより遥か後の人生である。




高校生当時の私にとってのピアノ練習とは、もちろん技術向上が第一目的なのだが、家の現実から目を背けること、現実逃避の時間…その時だけは家事労働をさせられたり、誰からも怒られたり殴られたりする事がない“心の安定″を保つ事ができる時間であった。


特に気に入っていた好きなピアノ曲を練習しながら空想にふける時間…こう言っては下品だが、自分の場合、空想にふけるマスターベーションに似ていた。



高3の夏休み、音大での夏期講習を終えた私は、祖母からもらっていたお小遣いを握りしめ、駅前の三越に走り、べティーズブルーの洋服を買い込み、自分の部屋を飾るために宇宙何とか雑貨店で小物を買い集め、新幹線に乗って自宅へ帰った。




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https://note.com/kota1124/n/nc3ea05e14341



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