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もうひとつの帰る場所③

午後4時。
国道4号線からガソリンスタンドと東邦銀行がある交差点を左折し、少し走ったところの坂の途中にあるバイク屋に立ち寄るのが大学の授業後のルーティンだった。
首都圏の大学生ならば授業後にどこかに寄って遊んでから帰るとか、バイトして帰るのが日常なのかなと思うが、この街の大学生は授業が終わればバイトに行くか帰って寝るのが日常だったように思う。

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私はバイトこそしていたが、家庭教師のバイトだったので勤務は夜7時か8時開始である。それまでの時間を潰すために友達と遊ぶのであれば良いのだがみんな寝るか引きこもるかなので遊び相手がいなかった私はバイク屋に入り浸ったのだった。

何も買わないのに、用もないのにバイク屋に入り浸るなんてのは悪いのかな?と思うこともあったが、店の奥さんはいつも言うのだ。

「うちのそういうのは気にしないでいいのよ。昔なんかこうさんみたいな子いっぱいいたんだから!」

私のように店に来て暇つぶしに来る客は他にもいたが、平日休みの社会人か近所の主婦かってくらいだったかな。
4時に店に行ってバイトの無い日やレポートに追われてない日は閉店の午後8時まで入り浸り、店にあるバイク雑誌を片っぱしから読み漁り、店長や奥さんと雑談したり、他のお客さんと話をしたり…。
いつもコーヒーやお茶菓子をご馳走になってたなあ。
時には閉店後に「ご飯食べに行こうよ!ご馳走するから!」と近くの回転寿司に連れて行ってもらったこともあった。

バイク用品を値引きしてもらったり、友達にスキーに誘われても板を持ってない私に使っていない板をくれたり、盗まれたバイクを探すのに協力してくれたりと大学を卒業するまでの間、世話になりっぱなしだった記憶しかない。
(盗まれたバイクは数日後に須賀川市内で警察官が発見→修理して復活)

卒業後は埼玉に戻ったが、郡山に遊びに行くことがあれば必ず店には寄って顔を出し、バイクを買い換えるときは自宅最寄りのバイク屋ではなく、郡山までバイクを買いに行ったものだ。
車検に出す時もわざわざ郡山に行ってたりもした。

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昨年、郡山に遊びに行った時もバイク屋に立ち寄って子供2人の顔を見せてあげた。
帰りの新幹線で5歳の娘が「あのおばあちゃん、優しかったね」と…。

おばあちゃんか…。あの頃は「おばさん」だったのになあ。
そういや、あの頃は髪の一部を紫に染めたりしてファンキーなところもあった店長も頭が真っ白だったなぁ。
あの店に世話になって四半世紀が過ぎている。
店がある限り、郡山にはこれからも帰る時があるんだろうな。

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