俺の毎日 埼玉桶川モトクロスレース場編 倉岳の前
アクシデント
第1コーナを抜けた直後に、比較的大きいジャンプ台がある。俺の乗っているホンダCR125は低回転域のトルクが弱い、代わりに高回転域のパワーは大きい。その特性から一度スピードを落すと加速に時間がかかる。
俺はその特性を考慮して、スピードを落とさずにバンクのあるアウト側を走た。当然イン側にスペースが出来る。そこに白いヤマハYZ125が走り込んできた。
YZ125より先にジャンプを飛ぼうとコースアウトぎりぎりのスピードでジャンプ台に向かった。CR125はジャンプ台をロケットの様に飛び出す。
その時、左側から白いYZ125が飛び出すのを目の端にとらえた。
バイクの飛行ラインがクロスしている。
YZ125がCR125の後輪に衝突した。その途端CR125はバランスを失い横を向いた。ぶつかったYZ125は何とか着地し、 俺はバイクから手を離し地面に落ちた。それだけなら打撲傷で済んだのだが、次の瞬間、CR125が俺の上に落ちてきた。鈍い音とともに左太腿に激痛が走る。
地面に仰向けに倒れていた。痛みのある左足を見た。足はあらぬ方向を向いている。
「やちまった」
12月、冷たい地面に横たわった体から湯気が出ている。その湯気が凍てついた空に立ち登る。それを見ながら俺は憂鬱になった。
***********
病院
苦痛で目が覚めた。昨日と同じだった。相変わらず足は動かないし体中が痛い。バイクの直撃を受けた俺は、左足大腿骨の骨折、全身打撲という大怪我を負っていた。
バイクに再び乗れるまで機能回復するには、おそらく1年近くはかかると医者は言う。
ショックである。俺は最悪の気分だった。
痛み止めが効くと眠れる。
少し眠ったようだ。目を覚ますとベッド横の丸椅子に人がいる。ヨウコだった。今一緒に住んでいる女の子だ。
ヨウコは中学の同級生だ。1年前に同窓会で再会した。
ーーーー同窓会
会場がかなり騒々しくなった頃だった。俺は過去の悪行をヨウコに指摘された。
「イケ、中二の時、明子が代表だった学校新聞の活動から逃げ出したでしょう、明子がそのことで凄く悲しんでいた。そのこと知っている?」
ヨウコが俺の横に来てそんなことを突然言う。
「知らない」
「君さぁ、あの活動で、自分がかなりの戦力になっていのは知っていた」
「それは気づいていたけど、サッカー部が忙しくって」
「ふーん、でもそれは別として、とにかく謝りに行こう」そう言うと同窓会に出席していた明子の前へ俺は連れていかれた。
俺は虚無感を覚えた。何を今さら。それと謝られた明子も口を開けている。
「満足した?」俺はヨウコに嫌みを言う。
「ありがとう、面白かったから2次会は奢ってあげる」
俺は行く気のなかった2次会に行き、連絡先をヨウコと交換した。これだけ雑に扱われても、俺はヨウコのアーモンドアイ、その目が好きだった。
言い遅れたが、当時二人とも大学生2年だった。
ーーー
ヨウコは少々疲れた顔をして言う。
「起きた?」
「うん」
「痛い?」
「うん」
「元気ないね」
「うん」
「うんしか言わないのね」
悲しそうな顔して、あの目で俺を見つめる。
少しの沈黙、彼女は大きく深呼吸してから言った。
「モトクロスだけど、やめないの?」
当然、心配するだろう。でも俺は変わらない。
「やめない」
俺にとって「モトクロス」は唯一自分の存在価値を証明出来るものだった。つまり俺が今存在している証だ。だから止める選択肢はない。
「そうかぁ」
そう言うと、ヨウコは病室から立ち去っていった。
2ヶ月後、退院して、アパートへ戻ると、部屋は綺麗に片づいていた。
一緒に暮らしていたヨウコは消えていた。
そして、冷蔵庫にメッセージがあった。
やせ我慢して格好つけて、大嫌い ヨウコ
「何だよこれ、意味わかんねぇ」俺は涙をながしていた。
桶川
1年後の12月 全日本モトクロス選手権 埼玉桶川MX場
スタート30秒前のボードが掲げられた。
俺はホンダCR125Rアクセルをあおり続けた。
甲高い2ストのエキゾーストノイズがスタート付近に渦巻く。
スタート10秒前のボードが掲げられた。
ばらばらのエンジン音が一つになった。緊張感がライダーの間を駆け抜ける。
俺はフロントタイヤの前にあるスターティングロッドの最初に動く可動部を見つめ、数を数え始めた。「1,2,3------」
アクセルは当然ピークトルクの回転数の位置まで開けている。
スターティングロッドの可動部が動くのと、俺が10と数えてクラッチをミートする動作がシンクロした。
回転数をピークトルクに保ち、素早くシフトアップしていく。
第1コーナが見えた。周りには誰もいない。この時点ではホールショット(トップ)だ。
第1コーナを抜けて、続くジャンプ台を1番で飛び出した。
今年最後のチャンスだ。俺は痛む足で頑張って走り続けたが、3台に抜かれ最終的に4位でゴールした。
ゴール後、ピットにしている乗り換えたばかりのダットサントラックに戻る。最後の力を振り絞りバイクをスタンドの上に乗せた。
もの凄く疲れていた。本当にもう引退する時期なのかも知れない。そんなことが頭をよぎる。
ヘルメットを脱ぐと、額から汗が流れてきた。目にしみる。涙がでてきた。涙で霞んだ目に近づく人影が見えた。
俺の前に立ち止まった。ヨウコだった。
このタイミングでかぁ、いかにも彼女らしい。
1年前、部屋から消えたのは実は理由があった。
それは、俺がリハビリに集中することが出来るようにと、そう思っての行動だった。俺はその事実に直ぐに気づいた。何故ならリハビリをしやすいように家を少し改造していたからだ。費用は彼女の持ちだしだ。
ヨウコは手に持っていたタオルを差し出した。
「はいタオル、がんばったね」
「ありがとう」
俺は汗を拭きながら言った。
「元気にやっていた?」
「当然よ」と答えるヨウコ、そのアーモンドアイが笑っていた。