見出し画像

Awaking3 夢で逢えたら 瑞垣山

由紀の場合
 一人の男が岩に取り付いていた。腕を動かすごとに背中の広背筋類が隆起する。それを見つめる由紀がいた。この岩は彼女がチャレンジ出来る難度ではなかった。由紀は同行したトップクライマー田村の登る姿を目で追っていた。

瑞垣山

 ここは山梨県北杜市にある瑞垣山。その麓の森の中には3mから5mを越える岩が点在しており、ボルダリングの聖地と言われている。

 起点になるみずがみ自然公園から50分ほど歩くと10mを超える高さの「KUMITE」がある。その存在感に圧倒される。ここに最難関5段+の「アサギマダラ」と呼ばれる課題があり、そこに田村が取り付いている。5段+というグレードは、日本トップのクライマーでも登ることが困難な課題だ。その田村の登る姿に由紀は釘付けになっていた。

 足元に置いてあるリュックの中でスマホが振動している。それに気づいた由紀はスマホを取り出した。
「もしもし・・」みるみる由紀の顔付きが変わる。同行していた仲間の男がそれに気づき声をかけた。
「どうした?」
「ゴメン帰る」由紀はそれだけ言って、岩場から立ち去った。

夢で逢えたら
 ICU(集中治療室)のベッドに横たわるケンジ、静かに眠っている。
白衣を着ている男が二人ベッドの横に立っていた。一人は鼻髭を生やし、もう一人は小柄で頭が禿げていた。

 自動ドアが開くと、黒のスーツ姿の大柄な男とジーンズの上に黒のパタゴニアのフリースを着た女が入ってきた。眼鏡をかけている40代の女だった。
それを見ると鼻髭を生やしている白衣の男が顔をむけた。
「門脇先生、休暇中にすみません」
「それで、生きているの? 脳死状態なの?」門脇は質問をする。
「はい、脳は生きています。体の状態も問題ないのですが、目を覚ましません」

 「どうして目を覚まさないの?」静かに門脇は言葉を続けた。
「それが分からないのです。それと特殊な夢を見続けています」
「特殊な夢?」
「特殊です。彼の夢は動画として取り出せるのです。それは彼の研究の成果ですが、ある脳波にその処理をすると動画となるのです。そしてその動画ですが、彼の過去を正確に再現しているようです。彼の目線からのという制限はありますが、驚くべき動画です。これを見てください」

 はげ頭のお男がiPadを門脇に差し出した。
それを受け取ると、そこには中学生時代の由紀が雪の中を走っていた。
「これは、タイムトラベル・・」門脇は呟いていた。
「そうみたいです。VRタイムトラベル。驚きでしょう、脳だけで過去へ行ける。そして、どうもそれを改変出来るようです」

 しばらく画面を見つめていた門脇はようやく口を開いた。
「そのようね、この女の子は私よ」

再び喫茶路(ろ)
 菊池の葬式から2時間たっていた。もう葬式関係者はここにもいない。俺は由紀に尋ねた。
「なぁ、あいつ菊池だった?」由紀が掴んでいるコーヒーカップが震えだした。こぼれ落ちるコーヒー。
俺は彼女の手を掴み、静かにテーブルへコーヒーカップを戻した。
「安心して、ここには誰もいない」由紀は目をつぶり深呼吸した。
「そうだよね」
「俺も気づいた、あれは彼奴じゃやない」
由紀は黙って頷いた。

 由紀から視線を外すと、あの三つ編みの女が由紀を凝視していた。俺の視線に気づくと奥の厨房へ消えた。
「出よう」
「うん」
俺達は雪降る街へ歩きだした。

 大きな東電のビルで死角になる四つ角を曲がったとき、おれは由紀の手を握って走り出した。
「どうしたの?」
「走って、全力で」俺は由紀を雪の中引きずり走った。

 振り向くと後ろから静かに男が追ってくる。雪が音を吸収して足音が消える。静かな追跡。
俺は立ち止まり、座り込んで雪を丸めた。
「由紀、雪玉を作って」
その男が3mまでの距離に迫ってきた。
俺は雪玉を男へ投げつける。胸に当たる、2投目は顔に当たった。
男の足が止まった。男も地面の雪で雪玉を作りだした。その顔にまた俺は雪玉を当てた。

 男も雪玉で応戦してきた。
男の投げた雪玉が由紀の体に当たる。
「痛いなぁ」由紀も雪玉を投げる。
男が両手を振った。
「参った降参だ。俺だよ。ケンジ、俺!」と叫ぶ。
由紀が驚いて声をあげた。
「ぐっさん!」
「そうだよ」俺はおかしくて大笑いする。
その顔に由紀が雪を押しつけてきた。
「もう、腹が立つ」
「ごめん」由紀も山口(ぐっさん)も笑い出した。笑い声は降る雪の中に消えていった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?