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彗星の見える空とノアの箱舟の来る山 

 山には不思議な話が多くある。これもその一つだと思う。

 最近、私には一緒に登山をする友人がいる。名前はKさん。Kさんは30年近くに及ぶトライアスロン仲間で、私より5才年上だ。
トライアスロン仲間は年齢のことをあまり気にせずフランクにつき合う。それはトライアスロンは試合において、50才位までトップ争いをするような人間がゴロゴロいるからだ。20代の選手でも50代のおっさんがライバルになる。だからおっさん、爺さん扱いできない。

 実際「ツラいアスロン」というほどキツい競技なのにこれは不思議な現象だ。おそらく、機材性能、競技スキル、練習量、経験値など若さをカバーする要素が多いためだろう。

 さて、Kさんと私、今年はお互い足を痛めて走れない。それならば、今まで時間がなく出来なかった遊び、登山をすることにした。

瑞垣山(みずがきやま)山梨県須玉
 今年の夏、公立の小学校が夏休みに入った8月最初の日曜日、Kさんと二人で須玉方面にある瑞垣山を登った。瑞垣山は岩がそびえ立っている山で、頂上はかなりの高度感があり、登ったかいがあった。山麓には大きな奇岩が散見しており、日本中のボルダーが集まる山だ。

アメリカのヨセミテみたいだ。格好いい
誰が割った? 天狗?

 下山後、私は疲れ切った状態だったが、今日はKさんの車に同乗していたので、助かっていた。その帰り道に中央高速道路の釈迦堂パーキングエリアで、夕食を食べていた。ちなみにKさんの乗っている車は、名車レガシー・ツーリングワゴン フルタイム4WD 20年以上使っている車だ。

 夕方5時、レストランは空いていた。私が人気のアゴだしラーメンを食べ終わった頃だ。Kさんがネギ塩豚カルビ定食を食べていた。Kさん、髪はロン毛で度付きのサングラスをかけており、見た目はまるでみうらじゅんだ。

みうらじゅん風味

 二人で食後のお茶を飲んでいた時だ。Kさんがぼそぼそと話し始めた。
 「5月の連休、一緒に日向山を登った帰り、俺、尾白川沿いにあった親父の別荘へ寄ってみたんだ」
「そうなの、別荘もってるんだ。いいなあ」私は少し驚いたが、Kさんの親父さんは某大手電気メーカの役員だった。

 この日向山は山梨県、南アルプスの尾白川渓谷の奥にある山で、天空のビーチと言われている山だ。山頂が伊豆の白浜海岸みたになっている。そこからは海ではなく緑の山々が見える。

日向山山頂

 「実はこの別荘、購入後35年以上経ち、メンテにかなり費用がかかる。だから親父は売った。買った時は2千万、売った値段は200万だ。不動産屋は売れないと言っていたけど、親父が直接買い手をみつけて売ったそうだ」
「かなり安くなっちゃうね」
「まあ、買った時はバブルだからね、それにメンテが必要だから値段はつかないよ」
「それはべつとして、登山の後、お互い車なので現地解散しただろ。俺は下道を走っていたが、知っている道に出たので、なんとなく別荘を見たくなって、そちらへ向かったったんだ」
「へーぇ、どうでした?」
「実はね、ちょっと面白いことがあった」
「面白い事ですか」
「そうだ」
Kさんから聞いた話は驚くべきことだった。

***
 
 Kさんは今年の5月、私も同行した日向山登山の帰りに、親父さんが売った別荘がこの辺りにあることを思いだした。折角、車で近くを通るのだから現状を見たいと思って、立ち寄ることにした。この時、Kさんは何故か行くべきだと感じたと言う。

ペンションメッツア

 その別荘は既に夜の帳が降りた暗い森の中にあった。Kさんは別荘の前に車を駐めた。別荘の常夜灯は点いていた。Kさんが車から降りて玄関の前へ行くと、その時を待っていたように玄関のドアが開いた。

 部屋の灯りで出てきた男と思える人物は黒いシルエットだった。口が大きく開いて言葉が発せられた。まるで漫画の吹き出しのようだった。
「どちら様で?」
とにかく驚いたKさんは、咄嗟に嘘をついてしまった。
「ここは友人の古い別荘で、子供の頃、よく泊まりに来ていたのです。その友人から別荘を売ったと聞き、近くを通ったから、ちょっと気になって立ち寄ました」

 その黒いシルエットの人物が外灯の下へ出てきた。初老の男だった。温和な顔をしている、そして笑顔になり言う。
「そうですか、それは懐かしでしょう。折角だから中でコーヒーでも飲んで行ってください」
Kさんは断れきれず、「はい」と返事をし、その懐かしい別荘に上がり込んだ。1階はワンルームのリビング・ダインイングの空間で昔と変わって無かった。居抜きで売っていたらしく、テーブルや椅子は見覚えのあるものだった。

 コーヒーを飲みながら話を聞いた。喋りすぎて、質問されても墓穴を掘る。聞き役に徹した。その人物の名前はM氏。
M氏は今都下に住んでいて二拠点生活をしていると話してくれた。売ってくれた親父さんの話までする。こうなると本当の事はもう言えない。
「自分はなんと間の抜けた時間を過ごしているのだろうか」そう思っていた。

 気まずい時間が過ぎたが、少し落ち着いたKさんは、今まで別荘に無かったモノ、絵に気づいた。その絵は別荘の室内に不似合いなものだった。壁に掛かっていたその絵を見てKさんは聞いた。
「これはなんですか」
「それですか、ご存じだと思いますが、ノアの箱舟です」
「それは知っています。旧約聖書の中で、洪水から人間を救った船ですよね、でもそれがどうしてここに」
「いや、なかなか面白いことを言う、さて、見ての通りノアの船は、動物たちも沢山救っています。実はこの絵に別荘を購入した理由があります」

ノアの箱船

 Kさんは、頭が混乱して黙り込むとM氏はさらに話を続けた。
「あなたは紫金山・アトラス彗星を知っていますか?」
「いや、知らないです」
「昨年の1月に発見された彗星です。この彗星は今年の10月に地球に最も近づきます。南西の空から西向かって金星の見える上に見えます」

紫金山・アトラス彗星

 「10月ですか、今5月だから後5ヶ月後に見えるのですね、覚えておきます」
「その時、あなたは何処にいます」とM氏が質問をした。
「地元の府中だとおもいますが、それが・・」
「微妙な場所ですね、その時に南海トラフ大地震が起こります」
「えっ南海トラフ大地震、本当ですか?」

 その後の話は奇妙すぎたとKさんは言う。
M氏は、その時救いの船が日の出る緑の海岸に現れるといい、その場所は私達が登った日向山の天空のビーチだといい、そこへ直ぐに行くためにこの別荘を買ったと言という。
「狂ってるだろう、その爺さん」

 ***
 そこまでの話を聞いた私は、Kさんに言った。
「それキツネだよ。おそらく今度行ったらその別荘は荒れ果てたままの空き家だと思う」
「本当かよ」
「おそらく」
「じゃ今から行ってみよう」と言うとKさんは立ち上がった。
「戻るの?」
「おお、戻ろう、そうしないともうすぐ10月だぞ」
「そうだな、彗星が来ちまうな、よしいこう」
私達は勝沼ICで一度降り、また中央高速に乗り、尾白川渓谷に近いその別荘へ向かった。

さて、どうなったでしょう。
その別荘は人が住んでいる、空き家、廃墟、また無くなっている。

***
 中央高速道路、須玉インターから降りて甲州街道を小淵沢へ向かって走る。西の空が赤く染まっている。
「あれ、カモシカだぞ」とKさんが言う。
「こんな舗装路を走っているとは珍しい」
「そうだな、山火事でもなさそうだし」

ニホンカモシカ

 暫くして林道に入る。既に森の中は暗さが増している。Kさんは車のヘッドライトを点灯する。雰囲気が何時も違う、何か騒々しい、森に動物の気配がした。

 突然、車のヘッドライトにシカの群れが出現した、光る目が一斉にこちらを見たが、直ぐに車に向かって走り出した。
車をかわして、走り抜けていく。その後から黒い形をしたものが走って来た。目が赤く光る
「熊だ!」そう言うとKさんは車を止めた。
熊はそのまま車の横をすり抜けて行った。

 「なんだよ、これは?」Kさんが言うのと同時に車が揺れだした。
更に揺れは激しくなり、周りの木々も揺れ、木が擦り、当たる音がする。地面が波打って、山全体が唸っているようだった。
そして、いきなり車の前が傾く。Kさんはギアをバックに入れてアクセルを踏む、四駆のレガシー、その後輪が地面に食い込み、車は激しくバックした。

 揺れが収まり、私達は車から降りてみた。そして、先程までいた場所を見るとそこから真っ黒な闇が広がっていた。私は恐る恐るその暗闇まで歩き、その状況をみる。なんと大きな地滑りが起きたようだ。そこから鋭い崖になっていた。足元には暗い闇が広がる。
「なんだよ!」横に来たKさんが叫ぶ。
「そうか、ここから逃れれるために動物達は逃げていたのか」私は独りごちた。
「帰ろ、今夜はやばい。悪い日だ」とKさんが言う。
我々は、素早く撤退した。

***
 その翌日、南海トラフ地震の予兆といえる地震が宮崎県で起きた。

 8月8日(木)16時43分頃に日向灘を震源とする最大震度6弱、マグニチュード7.1の地震が発生しました。
この地震を受け、気象庁は、同日17時00分に南海トラフ地震臨時情報(調査中)を発表し、同日19時15分には南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)を発表しました。
8日の地震の発生から1週間が経過しましたが、特段の変化を示すような地震活動等は観測されなかったことから、内閣府は、8月15日(木)17時をもって、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)に伴う政府としての特別な呼びかけを終了しました。

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