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チョコレートを塗った鳶色のカステラを頬張った。

ほんの少し甘いものが食べたい・・・。そんな方へ、小説の一片を!

ご紹介するのは、夏目漱石作「こころ」から。
鎌倉で「先生」と知り合った「私」は、東京に戻ってから、「先生」の家を訪問するようになります。ある晩、「私」は、「先生」の家で、前から頼まれていた留守番をします。「先生」の奥さんから、「先生」の書生時代の話を聞かされた「私」は、「人間は親友を一人亡くしただけで、そんなに変化できるものなのでしょうか?」と問われます。

「先生」宅から帰る際、「私」は、奥さんから西洋菓子を貰います。翌日、その菓子を食べながら「私」は、「先生」夫妻のことを考えます。その回想が、次の場面です。

実をいうと、奥さんに菓子を貰って帰るときの気分では、それ程当夜の会話を重く見ていなかった。私はその翌日午飯(ひるめし)を食いに学校から帰ってきて、昨夜机の上に載せて置いた菓子の包みを見ると、すぐその中からチョコレートを塗った鳶色のカステラを出して頬張った。そして、それを食う時に、必竟(ひっきょう)この菓子を私にくれた二人の男女は、幸福な一対として世の中に存在しているのだと自覚しつつ味わった。

「チョコレートを塗った鳶色のカステラ」を頬張る「私」は、「先生」に連なる悲しみを、まだ知らない頃の「私」です。彼が口にした菓子は、「先生」と過ごした時間の温もりの、小さな象徴のように思われます。

お立ち寄り頂き、ありがとうございました。

物語の一片 No.3 夏目漱石作「こころ」  


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