見出し画像

彼の徹底したこだわりを描いた「刺青」は、ファンタジー

ほんの感想です。 No.21 谷崎潤一郎作「刺青」明治43年(1910年)発表

小説を読みながら、あることへの「こだわり」を感じたとき、それが作者の臭いのように思われて、以後、クンクンと鼻を鳴らして、追い求めることがあります。ところが、谷崎潤一郎の場合、ボーとしていても、「こだわり」感が直球で迫ってきます。見逃すなんてありえない。そして、「こだわり」に投じられているエネルギー量に、圧倒されてしまいます。

谷崎潤一郎「刺青」には、主人公の理想の女性に関する「こだわり」が描かれています。今回初めて読んだところ、思っていたよりも短い作品だったことから、「こだわり」がシンプルに描かれている気がしました。ということで、今回は、「刺青」の主人公の「こだわり」を考えてみました。

ー・ー・ー・ー・ー・ー

「刺青」の主人公は、若いが腕利きの刺青師清吉です。彼は、自分が納得できる皮膚と骨組みの持ち主のみを客として選び、刺青を入れられる際に苦し気に呻く客の様子や、仕上げの湯の後、倒れて身動きできない客の様に、快感を得る男です。

その一方、「男の骸を自分の肥料とし、美しさを誇る女」を理想とし、刺青によって女の肌に自分の魂を彫り込み、理想の女を生み出したい、という宿願を持っています。

そんな清吉の宿願が叶うまでを、「刺青」は、次のように描いています。
・ 清吉は、美しい素足を見て、その持ち主が自分の理想の女だと確信する。
・ 五年後、清吉は、美しい素足から女を見付け出し、その肌に蜘蛛の刺青を入れたいと頼む。
・ 刺青を入れる前の娘は、清吉が見込んだ性質を自覚していたが、それを隠す控えめな女だった。
・ 刺青後、娘は自分の欲望を肯定し、自信に満ちた美女に変わった。

ー・ー・ー・ー・ー・ー

清吉の宿願を遂げるためには、少なくとも次のふたつの条件を満たす女性が必要です。
・ 理想の女の候補となる美しい素足の持ち主
・ 男を怖れず、自信をもって男を肥料にできる性質の持ち主

こうした女性を物語とは言え探し出すことは、かなり難しい気がします。しかし、「刺青」は、「美しい素足の持ち主は、男を肥料にできる性質を持つ」、という前提を置き、その点を解決しました。

物語の鍵である「美しい素足」は、どのようなものか。それは、次のような足なのです。

拇指(おやゆび)から起こって小指に終わる繊細な五本の指の整い方、江の島の海辺で獲れるうすべに色の貝にも劣らぬ爪の色合い、珠のような踵のまる味、清冽な岩間の水が絶えず足下を洗うかと疑われる皮膚の潤沢。


こうした素足に対するこだわりを始め、清吉の理想の女性像や美意識には、読んでいる途中では、いくらかの抵抗を感じました。しかし、清吉の宿願が叶えられると、抵抗感は消え、爽やかさを感じていました。たぶん、この結末によって、「刺青」をファンタジーと読んだためだと思います。

ここまで読んでくださり、どうもありがとうございました。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集