凄くわかって、何もわからない 朝井リョウ『生殖記』【勝手に寄稿】
朝井リョウ大先生の新作『生殖記』。日本に生息する30代男性に"ついた"生殖器、生殖本能が語り手となり、彼の人生を軸にヒトという生き物の特性・歴史を、過去についたことのある人間や虫、動物たちの生を引用しながら語りまくっている怪作。
人間の営みを幅広い視点から書き起こした新書のような読み応えが物語の中にあって新感覚だった。
誰もが一度は考えたことがあったり、体験したり、勉強したことがあるようなトピックを長い間存在してきた生殖本能の視点で語ってくれるので、より理解したり、新しく気づいたりする。
それと同時に、読み進めれば読み進めるほど、わからなくなっていく。主人公の尚成は、生殖本能によって人間が感じてしまう「共同体の拡大・成長」に関与しないどころか、その先にある人類の無機質(にも思える)未来に希望をいだいて生きていく選択をする。
前作『正欲』や『何者』『スター』『死にがいを求めて生きているの』にも同じことが言えるが、何かを理解する(した気になる)ほどに複雑化していき、今まで自分がわかっていた(気になっていた)ものがどんどんわからなくなっていく。
自らがしっくりきた感覚のある共同体のために行動してきた私の中に、尚成と彼の生殖器が入り込んできて、これまでの安心感を歪ませ、ヒビを入れていくのだ。
その時代の空気感を掴みながら、多層的な世界を見せて、驚かせ、理解させてから、複雑化させて読者の心をえぐっていくような意地悪さが心地良い。思い返してみれば『桐島、部活やめるってよ』の時点から、この「めっちゃ分かるけど、もう何もわかんねーよ」になるために彼の作品を読んでいる。
尚成の人生がどうなっていくのか、ヒトがどうなるのか、果たして今の自分の状態が"良い"のか"悪い"のか、また振り出しに戻った。これからも朝井リョウに何もわからなくしてほしい。そこから何かを考え出すのがあなたの読者の役割だと勝手に思っているから。
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