イタルのアレパ。
モンテビデオのホステルでまたいくらか友達ができた。忙しく働くベネズエラのイタル君。アレパの作り方を教えてくれと頼むと、早速材料を買ってきてくれる。寿司を作ってくれと言われてもこんなにモチベーションは湧かない。
このアレパが好きで、メルボルンにいたころもコロンビア料理のカフェに何度か足を運んだ。白いのもいいけど、黄色いトウモロコシ粉の、ぎりぎりまで荒いやつで作ったものは、風味がいいのはさることながら、パンとコーンブレッドの間のような適度な歯ごたえがあって病みつきになる。「アレパは庶民の食べ物だから、安くあるべきだ」と、生地をわしわしと揉みこみながら語るイタル君。そうなのだ、アレパは庶民を養う優れた料理なのだ。高価な肉も乳製品もいらない。トウモロコシの粉と塩と水だけをひたすら練って、おいしいアレパは出来上がる。中身もなんだっていい。きんぴらごぼうだっていい!
そんなわけで夕食は立食形式のアレパパーティー。聞けばイタル君、4か月ぶりのアレパなんだって。皆の分を作りながら、ふるさとの味をむさぼる好青年。
南米に来てベネズエラの人たちに出会うことがよくある。ベネズエラの家族に仕送りしたり今後の対策を練ったり皆忙しそうだけど、ウーバーの運転手も、ホステルの従業員も、出会ってきた人はみな明るくて面倒見がよかった。日本が同じ状況になっても私はこんな風に過ごせるかなと考えてみる。今だって時々不安に襲われて部屋の隅をじっと見つめたりするのに。彼らもきっとあるのだろう。そうゆう瞬間が毎日の中に。だけど結局できることをしていくしかないし、そうして気持ちも保っていくもんだから。
パレスチナにもスーダンにもベネズエラにも文化があって、おいしい賢い庶民の味があって、それを囲む人たちの生活があって、戦争や政情でそれが忘れられてしまうのって悲しい。ただの「かわいそうな国」や「危険な場所」って言葉に括って遠ざけるのはもったいない。お互いの持つ文化から私たちはいくらでも学んでいけるのだ。
ちなみに前述の通りアレパのコツは生地をよく練ること。水を少しずつ足しながら、耳たぶくらいの硬さを目指す。手のひらで丸めて1.5センチほどの厚さに伸ばしたらフライパンにごく薄く油をひいて、あとは中火で両面を焼くのみ。真ん中を指で打ってポンポンと響けば中まで調理された印。
お礼に作ったイスラエルの甘いパン。少しとっておこうと思ったのにあっという間になくなってしまった。みな遠慮を知らない。