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幸せの国デンマークの孤独対策が、モヤモヤをふりかざしてくる

友達がデンマークに来てくれたついでに、気になっていた「Fællesspisning(フェレスピースニン)」へ行ってきた。直訳はシェアダイニング。

日本で言うと、大人版子ども食堂のような「一緒にご飯を食べる機会」のこと。

公民館、文化施設、飲食店などで、人と集まり手頃な価格で食事をするトレンドだ。

家族や友達だけのテーブルもあれば、知らない人同士で座るテーブルもある。メニューは当日まで秘密だったり、廃棄予定の食材で作ったり、ヴィーガンだったり。支払う金額を参加者が決めたり、調理段階から参加したりと、主催者によって仕組みも雰囲気も異なる。

Denmark [Copenhagen]誰かとの食事が孤独を減らす。
デンマークに広がるコミュニティ・キッチン

参加者の多くが「孤独対策にもなる」と口を揃える。(略)観光客もいれば、お金がないという学生、離婚して夕飯を一緒に食べる相手がいないという人、友達同士で来ている人もいる。

「毎晩誰かと食事をする必要はないけれど、たまには誰かと時間を過ごしたい。フェッレスピースニンは独り暮らしをする人が多い大都市でこそ必要とされ、間違いなく今トレンドになっている」

Denmark [Copenhagen]誰かとの食事が孤独を減らす。
デンマークに広がるコミュニティ・キッチン

とまあ、なんとも「幸せの国・ヒュッゲの国」らしい。理想的すぎるゆえに、概念の説明が難しいのだけれど、デンマークのあらゆるところで「誰かとご飯を食べる」を叶えるイベントをしている場所が、日常的にあるよ、ということ。友達も「クリスマスひとりは嫌だったから、ここ行ったんだよ〜!」と当たり前の選択肢のようだ。

孤独への対策としてよく捉えられているけれど、友達と行く人も多い。ご飯食べよう!と計画するときに、この「安くて、人ともつながれる食堂」に行く?!ってなる世界線があってよいのだろうか。(最高)

これに限らないけれど、デンマークは人と遊ぶときの選択肢が多い。友達と会おう!となったとき、わたしの手札は9割ご飯(飲み)か、大学野球観戦だもんなぁ。

なお、オックスフォード大学の研究によると、「誰かと食事をする」ひとと幸福度や人生への満足度が高く、健康状態も良いのに対し、一人で食事をする人はその逆でかつ、学習障害などを抱えやすいらしい。

「なんとなくハッピー♪」という私たちの曖昧な感情が、ちゃんとデータとして証明されているのだ。これは、絶対にひととご飯を食べ続けなければいけない。元々高い結婚モチベがさらに上がる。

今回はフェレスピーニン界で知名度抜群の「Absalon(アブサロン)」という場所に行ってきた。コペンハーゲン中央駅から徒歩で20分くらい。

民間の文化施設で、この食事会以外にもダンスイベントやヨガ、その他たくさんのワークショップを行っている。もともと教会だった場所を改装したとかで、内装がステキ。

混んでいる金曜日
わたしたちはホグワーツでいう先生たちの位置(ちょっと高いところ)の席だったのでこのアングル

ここでは毎日、18時からフェレスピースニンが開催されている。 ニューヨークタイムズにも、オススメとして載っている。

ワンプレートで満腹になれて、日〜水が60DKK(約1,200円)、木〜土が100DKK(約2,000円)(24年1月現在)。これは、コーヒーが1杯1,000円するデンマークの物価からすると破格。木〜土はデザートも付いてくる。もちろんベジタリアン用のご飯も用意されている。

当日も余っていたらチケットが買えるようだけれど、予約がおすすめ。イベント欄で行きたい日程の「FÆLLESSPISNING (DINNER)」を探して予約するだけ。(もしくは「FRIDAY DINNER」「SATURDAY DINNER」)

デンマーク人の友達にも「きのう、アブサロンでご飯食べたねん」と言ったら「おおお!ええ場所よな」とわりと褒められたねん。(下手くそ関西弁)(怒らないで)

18時からの夕食なのだけれど、予約時に「17時45分までには着くように」とメールが来る。17時半過ぎに着き、チケットを見せると、その場でランダムに席を割り当てられ案内される。

その日のメニューは、おいしい鶏肉とパン、バジルのソースとマッシュポテト。デザートはりんごケーキ。他にもあと一品あった気がするけれど、ご飯の写真を撮り忘れた。飲み物は、別料金だけれどたくさんの種類のビールがあった。おいしかった。

子供連れできている家族もいるし、1人で来ているひともいる。ちょっと年齢層が上の人も、若い人もいる。司会のお兄さんが「インターナショナル〜?」とコールすると、キャー!と2割がレスポンスする。

デンマーク人あるある(主観)なのだけれど「軽い挨拶は得意なわりに、お酒が入らないと人見知りなひとが多い」。なので着席直後は、みんな一緒にきた友人と話をしている。

司会者により「各テーブルで2人お食事をとりに行く人、1人ベジタリアンの食事をとりに行く人を決めてください!」と言われて、少しずつテーブル全体での会話に広がっていく。

強制的に話す機会を作っているのだ。お片付けや、デザートを取りに行くのも分担制だし、長テーブルのあっちの方にあるパンをとって欲しい時も話しかけなければいけない。

私たちのとなりの2人組は、子供がそれぞれいる女性で、高校時代の同級生。他の友達ともよく来ているらしく、ご飯もおいしいし好きなんだと。

友達は懸命に「デンマーク人ってほんとに幸せなの?」「なんでそう思う?」と質問をしていて、ブロンドママたちとの会話はとても実りあるものだった。

特に印象に残ってるのは、

「ママになると、これくらいのゆっくりさで、でも他の人と話せるここがちょうどいいのよ」

ということば。この食事は20時までつづき、21時からはダンスイベントが控えていた。(別料金)このあとそのダンスに参加するということも踏まえて。

居酒屋のないデンマークはお酒を飲む、と言ったらバーかクラブなどになる。それに踊りたい!からと言って、ママにとって時間を気にしてクラブに行くのは、なんか違うんだそう。

たしかに日本の居酒屋で、隣の席のひとと友達になるのはレアケースだし、新しい飲み友達が欲しいとおもったらHUBかクラブ(日本のには行ったことない)だもんなぁ。

それにナンパなどはイメージが必ずしもいいものではないし、かと言って、異業種交流会などに参加するほどでもない。こういうあいまいな出会いを作るのが難しいのかもしれないとおもった。

「誰かと食事をする」そりゃできたらいいよな、と思う。でもめんどくさいから、仕事終わり、駅のホームで納豆巻きを食べるだけで夕食を済ませちゃう。もう遅いから。楽だし、安いし、早いし。

そうやって、あの手この手で言い訳して、いつまで社会に忙殺されるんだろうか。そうやって、時間を切り崩して、貯金を貯めることの何が楽しいのだろうか。そうやって、大切なものを簡単に諦める人生にしてしまっていいのだろうか。

よいとわかっているのに、幸せなことは自分でわかっているのに、しかもそれは難しいことじゃないのに、なんで取りに行かないんだろうか。

世界一ハッピーな国のハッピーなイベントの反動が、わたしの生活は本当にそれでいいの?と大きな問いをふりかざしてくる。

参考)


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このつき
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