オウム真理教事件
神秘体験の弊害についてのnoteです。
今回は書籍 広瀬 健一 著『悔悟 オウム真理教元信徒・広瀬健一の手記』を参考にして補足します。
加古隆『パリは燃えているか 』
引用・参考文献 ※
※ 広瀬 健一 『悔悟 オウム真理教元信徒・広瀬健一の手記』高村 薫 監修 朝日新聞出版編 2019
広瀬健一・・・オウム幹部。地下鉄サリン事件、教団武装化などに関与。2018年に死刑執行。
オウムとグノーシスと神秘体験
noteで、オウム教団はグノーシス主義の傾向が強かったのだろうと述べました。
グノーシスには以下の特徴があり、オウムはこの特徴に当てはまると考えられます。
簡潔に言うと、、、、
オウムは神秘体験・直接体験を重視し、かつ、それを実現するヨガ・瞑想・密教という強力な手法まであった。
そのため現代にあって顕著なグノーシス主義の教団になり、そのグノーシス主義にしばしば見られる「反宇宙的二元論」を文字通り、忠実に、実行してしまった。
、、、、というように考えられます。
以下は、書籍 広瀬 健一 『悔悟 オウム真理教元信徒・広瀬健一の手記』による補足です。
・そもそも神秘体験によって誕生した教団
以前のnoteでグノーシス主義自体が神秘体験・直接体験の「啓明」によって発生したという意見を述べました。
この点においてもオウム教団は共通します。
オウムも教祖の神秘体験によって誕生しました。
このことは、上祐史浩氏(ひかりの輪)ほかの多くも主張していることです。
オウム教祖は一時期、宗教や自己啓発セミナーを金儲けの手段と考えるような人物と共に行動するなど、インチキくさいところは実際にあります。
しかし、どうやら神秘体験などしやすい「霊媒体質」で、ヨガや密教、仙道などの素質もあったようです。
オウムで最も神秘体験・宗教的体験を豊富に経験したのは、他ならぬオウム教祖自身だとも言われています。
・神秘体験とオウム教義の受容
グノーシスの特徴として、「グノーシス(霊的知識)」が尊重され、そしてそのための直接体験、神秘体験、啓明体験が重視されると述べました。
この点においても、まさに、オウムはグノーシス的であったということです。
オウム信者の中にはオウムが提供する修行によって神秘体験をした人たちが多いと言われています。
裁判での証言や様々な手記、記事でも語られています。
岡崎(宮前)一明・・・オウム幹部。坂本弁護士一家殺害事件などに関与。2018年死刑執行。
「脱オウム」を公言する上祐史浩氏(ひかりの輪)も公言しています。
「バルドーのヨガ」の体験(3:37~)
実は、オウム事件の発覚後に、大学教授や心理学者、ジャーナリスト、ノンフィクション作家などの中にオウムの修行を体験してみた人たちがいます。
やはり神秘体験をしたという手記があります。
たとえば大泉 実成 著『麻原彰晃を信じる人びと』洋泉社 1996 など。
タントラ ヴァジラヤーナの救済
オウムには殺人や破壊的活動を肯定する教義があって、それに従って凄惨な犯罪が実行されたなどと言われています。
それは「ヴァジラヤーナ」「タントラ ヴァジラヤーナ」と知られています。
・【萌芽】オウムにおける「反宇宙的二元論」 ――― そもそも当初から破壊性が無かったのか?
私がふと思うところでは、「社会にとって悪影響、破壊的な影響がありそう」といったものは、当初からオウムにあったのではないか?ということです。
これはオウムに限らず宗教自体の問題とも言えます。
つまり、、、、
・宗教は現代先進文明に馴染まないものである。
・多くの宗教団体や信者は、うまいこと現実社会と折り合いをつける。
・しかしオウムはそうではなかった。あくまで宗教実践を貫こうとした。
、、、、ということです。
関連note:霊性の実践(霊性の道)のあり方について① #思索のメモ
オウムの場合は、「グノーシス」の傾向が強いものであり、やはり「反宇宙的二元論」の要素も見られました。
・たとえば出家制度
悪影響、破壊性が明確に具現化したものの一つは、「出家制度」ではないでしょうか?
これは確かに個人的な信仰上の選択であって、オウム以外の宗教にも現代でもあるわけですが、しかし、財産を布施して出家した当人の家族・近親者にとっては、まさに破壊的なものだったでしょう。
(結果論としても、まさに破壊的なものになりました)
早川紀代秀・・・オウム幹部。坂本弁護士一家殺害事件などに関与。2018年に死刑執行。
井上嘉浩・・・オウム幹部。地下鉄サリン事件など多くの重大事件に関与。2018年に死刑執行。
・ 「ヴァジラヤーナの救済」 ―― 実にグノーシス主義的なもの
オウムの犯罪の動機、オウム教祖の狂気を理解するのは、不可能と言えるほどのものです。
これについてはオウム教祖および信者の狂信、またオウム教祖自身の人格障害や空想虚言癖それに社会への憎しみ、さらに教団内の集団心理、信者の承認欲求、、、などが指摘され強調されることがあります。
しかし一方で、本当に狂気を感じさせ、受け入れがたいものではありますが、これは、主な動機としては、文字通り信仰によるものだったという考えもできると思われます。
この「ヴァジラヤーナの救済」というのは、実にグノーシス的な、グノーシスの闇がむき出しになったような動機、実践だったということです。
「反宇宙的二元論」のグノーシス主義による救済が「ヴァジラヤーナの救済」というわけです。
オウム教祖自らが信じ、数々の神秘体験・宗教的体験によって確信し、その信仰の通りに実践したという主張です。
もし言われているように、オウム教祖には人格障害や空想虚言癖、社会への憎しみがあったとした場合には、それらは、オウム教祖自身の信仰――グノーシス的な「ヴァジラヤーナの救済」の意思を強めるものだったと言えるのかもしれません。
社会への憎しみ・報復に、宗教を利用したのではなくて ――― もちろんオウム教祖の心理にはこういった社会への報復の要素も同時に存在したのかもしれませんが ――― どちらかというとむしろ、オウム教祖自身が実にグノーシス的な宗教家であり信仰に忠実であり、人格障害や空想虚言癖、社会への憎しみがあったとすればそれは、「ヴァジラヤーナの救済」という極端な意思・信仰を強める(かなり重大なものかもしれない)要素であったということです。
オウム教祖のパーソナリティといった一個人に根本原因があるのものではなくて、宗教・信仰 ――― とくに神秘体験・宗教的体験・グノーシスの要素の強いもの ――― に根本原因があるとするのなら、このオウムという凄惨な事象は後世への重要な教訓となるものだと思われます。
付録 「パリは燃えているか?」
この「パリは燃えているか?」というのはアドルフ・ヒトラーが発したとされる有名な言葉です。
第二次世界大戦末期の連合軍ノルマンディー上陸作戦を経て、ナチス・ドイツの敗色が濃厚になりつつあり「パリ解放」が迫った時に、ヒトラーは「パリは廃墟以外の状態で敵に渡すべきではない」として、いわゆる「パリ廃墟命令」を出しました。
その命令が実施されているかどうか確認するために、ヒトラーが陸軍上級大将アルフレート・ヨードルにいらだって叫んだのが「Brennt Paris?(パリは燃えているのか?)」です。
この「パリ廃墟命令」は事実上無視されました。
実は、こういったヒトラーの狂気の破壊命令は、自国に対しても発せられました。
ネロ指令として知られる「帝国領域における破壊作戦に関する命令」です。
まさに狂気の破壊衝動です。
私は、引用・参考文献の広瀬 健一 『悔悟 オウム真理教元信徒・広瀬健一の手記』にあった以下のオウム教祖の発言を見たとき、このヒトラーの狂気を連想しました。
オウム教祖というよりかは、ヒトラーにぴったりの詩が聖書・イザヤ書にはあります。イザヤ書14:12~。
「黎明の子、明けの明星」とは おそらくネブカドネザル二世(などのバビロニアの王)のことだとされています。
黎明の子 明けの明星よ
あなたは天から落ちてしまった。
もろもろの国を倒した者よ
あなたは切られて地に倒れてしまった。
あなたはさきに心のうちに言った。
「わたしは天にのぼり わたしの王座を高く神の星の上におき
北の果てなる集会の山に座し
雲の頂きにのぼり いと高き者のようになろう」
しかしあなたは陰府に落とされ 穴の奥底に入れられる。
あなたを見る者はつくづくあなたを見 あなたに目をとめて言う。
「この人は地を震わせ 国々を動かし
世界を荒野のようにし その都市をこわし
捕らえたものをその家に 放免しなかった者ではないのか」
もろもろの国の王たちは皆 尊いさまで自分の墓に眠る。
しかしあなたは忌み嫌われる月足らぬ子のように 墓の外に捨てられ
つるぎで刺し殺された者でおおわれ
踏みつけられる死体のように穴の石に下る。
あなたは自分の国を滅ぼし 自分の民を殺したために
彼らと共に葬られることはない。