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AI画像で連想SF小説 / 機械の中のアリス.4


画像:AI / 構想と文:古之誰香


場面.4「マザーシップ」


しゃがみ込み前屈して、自分の体を支えている右の掌が、何かサラサラとしたものに触れている事に気付いたアリスは、その場所が薄だいだい色の砂だと分かるまでに時間が必要だった。

微睡むようにたゆたう空気。どこか遠くで誰かと何かを話した気がして、その言葉を思い出そうとした。それは中性的な声。そして、こちらへどうぞと確かに言った。

アリスは全てを思い出し、はっと息を吸い込んで、眼前に広がる一面の砂漠を見た。

しかしよく見ると砂漠にしてはおかしなところがあった。確かに辺りは乾いた砂の丘に見える。しかしあちこちで盛り上がる小さな丘は、砕けた荒波の水しぶきが、そのまま停止して煌めいているようにも見える。それはまるで、波浪の海面とその荒波が、そのまま砂とガラスになったような、輝きに満ちた光景だった。

そしてそんな海砂漠とでも言いたくなる景色の直ぐ先に、座礁して廃船と化した巨大な船が、荒廃か侵食か分からない満身創痍の様子で、こちらに船首を向けて、鎮座していた。

しかしそんな光景の中にいても、アリスは動じなくなっていた。立ち上がり様に右手で砂を掴んだが、それは掴むことが出来ず、それでも砂地には、それをあたかも掴んだかのような跡が残った。それを見たアリスは、試しに近場の波しぶきらしき飛沫に右手を伸ばしたが、触れることが出来なかった。

アリスはそこに見えている巨大な廃船まで歩くことにした。起伏のある砂地に足を取られて、幾度か滑り落ちそうになったが、そんなアリスの登坂の跡がしっかり砂に残されていく一方で、舞い上がる砂は一粒もなかった。

これが融合された世界なの?とアリスは思い胸が苦しくなった。
追いつかれてダメだったって事?

歩く苦労だけは本物な、綺麗だけど中途半端な世界で、アリスは廃船までたどり着き、さてどうしようかとその船を見上げてみた。それはかなりの高さがあり、あちこち崩れかけているように見え、眼前の船体などはツタか配線かで覆われて、多分そこかしこに穴が開いているように見えた。

左手でその一部に触れて、それが触れられるものだと分かると、アリスは船体に背をもたせて座り込み、困ったな出口を見失った不思議の国のアリスそのものねと寂しくなった。

それにしても私は、結局どうなったんだろうと、あの声の応答を期待して声に出そうとしたが、喉の乾きのためにそれは小さな咳になっただけだった。

すると聞き慣れない声が、この世界の全体から漏れ出して来たかのようにアリスの体に響き、アリスは飛び上がりそうになった。あいつが追って来たと思ったからだ。

でもそれは落ち着きのある女性的な声で、ゆっくりと優しく「あなたは、融合されてはいませんよ」と言っていた。アリスは中腰のまま辺りを見回したが、それらしい姿は見当たらず、そこで後ろを振り返ったが、そこには元のままの船があるだけだった。

「どなたですか?」とアリスは船体に向いたまま発話した。すると「私はマザーシップです。少なくとも初めのうちはそう呼ばれていました」とそれを聞いたアリスは後退りしながら、改めてその巨大な船を見上げ「もしかして、これがあなた?」と船に向かって少し声を大きくして言った。

すると「声は小さいままで、それとも頭の中でも聞こえますよ」と言われアリスは驚いた。発話しなくてもこちらの言葉が分かる装置なんて、元の世界には無かったからだ。それでふと、もしかしたら頭に付いているこの変な装飾が、それが出来るようになるインプラントか何かだったのかと、想像を巡らせた。

マザーシップが言った。「それは違います。これが出来るのはこのエリアだけです。ここにいる間、あなたはこのエリアのシステムにインクルードしています。ですが何も心配する事はありません。あなたには融合も改変も起こらず、あなたはあなたのままですよ。アリス。」

信じるしかなさそうね、と「あなたに寄りかかっても大丈夫です?」と聞き「大丈夫ですよ。これが崩れるような事はありません。」と言われ、ちょっと意味が違うけどと思いながら、また船体に背中を預けて腰を下ろした。

しばらく互いに無言が続き、それで気持ちが落ち着いたアリスは喋りはじめた。「ここはどういう場所なのですか?」

「ここはメタバリアムの中にある、ひとつのエリアです。」

アリスは驚いた。それは百年以上前に閉鎖されたはずの仮想システムを指す呼称だ。それがまだ稼働していてインタラクト出来るなんて、正直信じられなかった。それに、これほどの実体感を再現出来るシステムである事も意外だった。歴史教科では概要にふれるだけで、その性能などは全く知られていない。

もし仮にここがそうなのだとして、それはあの左右二択の廊下からなのだろうか。それともメタバリアムのシステムはここだけで、廊下や時計ウサギなどは別のシステムだったのだろうか。

混乱してきたアリスは、先ずは眼の前にある物事から始める事にして気持ちを切り替え「この船があなた、マザーシップという事ですか?」と訊くと「正確には、マザーシップとはこのエリアの名称です」と答えが返ってきた。

もしかしてこれが探してほしいと言われたものかも知れないと興味が湧いて「どんな意味があるのですか?」と訊くと「ザ・ダークについてはご存知ですか?」と逆に聞かれて、それなら歴史教科で学習したと答えた。

「分かりました。このエリアはその後の復興期、アフターダークが進んでしばらくした後に、復興の記念として開設されたモニュメントです。マザーシップとは、ザ・ダーク以前の歴史から再取得出来た神話の中から、破滅を逃れて復活の為に保護された生命種たちの船の話に着想して付けられました。ただしこの船が運んだものは、生命種ではなく技術です。」

アリスはそれを聞きながら、それがこんな廃船の姿なのはどうしてだろうと訝しんだ。すると思考を読み出したらしくマザーシップが応えてくれた。

「確かにその通りです。というのも最初はこのような外観ではなく、復興が進み、社会機構を外界に建設する方向に進んだ結果として、メタバリアムは使用されなくなり、多くのエリアは統計的経験情報として回収され消去されました。その後、残されていたエリアは、フリアート活動によって自由に、あるいは好き勝手に造形されるようになり、外界では表現が憚られる荒廃のイメージ、つまりザ・ダークを象徴するような造形がほどこされ、この姿になりました。」

「私の学習では、ザ・ダークとそれまでの歴史については、確定的な情報のみを扱うと説明されて、興味がある人は個々に探求するようにと教えられる。そしてその内容はとても短い。もしかしたら何かを隠しているという事?」

「それは違うと思います。ザ・ダークの災厄によって多くの情報、技術、人命が失われた事は事実ですが、残った情報はそれが事実なのか創作なのかを判断するための確定的な一次情報を見つけ出す事が困難であり、アフターダークの復興者たちは、復興に必要な技術のサルベージにリソースを集中する事を選択し、歴史的考察は後回しにしました。それがあなたの言う学習内容の結果になっているのだと推察します。」

アリスは体の力を抜いて、海砂漠に降り注ぐ美しい光彩を眺めながら、実際に「綺麗ね」と発話した。

「はい。私もそう思います。あれはフリアートたちが、不要なデータを光に変換して降り注ぐように見せている造形です。」

アリスは目を見張りながら「履歴に残さない事にした、テキストとか画像とか、そんな色々な消去データが降り注いでいる、ように見えているという事?」と言った。

「そうです。アフターダークは失われかけた情報を、懸命に再取得、再構築して、技術的な復興を成し遂げようとした人たちによって始められました。あの光は見た目には無意味な情報であるものが、降り注ぎ失われていく中で意味あるものへと再構築され、最初のそして最低限のマザーマシーンの原質を形作ったという変遷を、この船にかぶせて象徴的に表現したものです。」

なるほど、製造の基礎になるマザーマシーンと船の神話を掛け合わせて、それでマザーシップなのね。アリスは自分が追われて来た、あるいはまだ追われているかもしれないという事をすっかり忘れて、子供のように砂をなぞった。

マザーシップが言った。「あなたが砂を掴めるようにするためのリソースは残っていますよ。シミュレーションしましょうか?」

そうしようと思えば、勝手に、そしていきなり、そうする事も出来たのに、そうせずに聞いてくるマザーシップが好きだと思いながら、アリスは少し考えてそれを断った。何もかもが瞬間のまま停止しているように見えたこの場所で、まだ動いているものがあるという事を知った今では、その停止はある意味、強い意思の現れのようで心地よかった。

アリスは少し姿勢を正して「ザ・ダークについて、あなたが知っている事を、もう少し話してくれますか?」と言った。


つづく



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