『夜明けのはざま』町田そのこ
個人経営の小さな葬儀場で働く社員や関わりのある人々の姿を通じて、我々の思い込みや固定観念の根深さを実感させてくれる物語です。
自殺した親友の葬儀を執り仕切ることになった女性、あまりにも頼りにできない夫を苛み続けた結果夫に去られた女性、中学時代に苛烈に虐められた相手と葬儀場で再び対峙する羽目になった男性、ボランティア的な仕事に勤しむ彼を見限って無難な男と結婚した筈の女性、そして葬儀社を営んでいながら死なるものへの恐怖から逃れられない男性、等々。登場人物たちはそれぞれ根深い負の感情や際限ない後悔を抱えながら生きています。しかし執り行われる一つ一つの葬儀が、予期せぬあるいは意図せぬかたちで、それぞれの心に転機をもたらすのです。
男はこう、女はこう、妻はこう、夫はこう、父親はこう、母親はこう、そして家庭はこうあるべきと言う、暗黙の決め付け。葬儀社や風俗業界や子ども食堂と言った仕事に携わる人々への、思い込みやどこか見下した考え。硬直化した考え方を批判するのは簡単ですが、実は自分にも心当たりがある箇所が少なからずあって、それに無自覚であったためにハッとさせられました。しかもそうした価値観は、現代において急激に(概ねあるべき姿へと)変化しているのですから、自分自身も考え方を柔軟にアップデートし続けたいです。
この著者は、以前読んだ『ぎょらん』でも葬儀の場を舞台に独特の視点を提供してくれましたが、私自身の狭い視野からは伺い知れない、こうした別の立ち位置からの見方を実感させてくれるのが、小説のよいところだと、改めて思いました。
どこまでも重く苦しい物語ですが、表題にもつながる終幕の夜明けの情景と、最後の微笑ましくも力強いエピソードには、少し救われた気持ちになりました。
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