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記事一覧

熱砂【掌編小説】

熱砂【掌編小説】

 雨の日、少年に出会った。
「おじさん、迷子?」
「迷子じゃないよ。この道を歩くのが日課なんだ。今日はうっかり傘を忘れてしまったから、ここで雨宿りをしてる」
「天気予報は見なかったの?」
「もちろん見たよ。朝の5時30分きっかりに。今日はたしかに雨のマークがついてたね。だけど、うっかり忘れてしまったんだ」
「おじさん、迷子?」
「迷子じゃないよ。決まった道を歩いてるだけ......君は、ここでなに

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東京towers【掌編小説】

東京towers【掌編小説】

 赤色。僕はこの色について、あまりよいイメージを持っていない。苦手な色、と言ってもいいくらいだ。

 地元のサッカースクールに所属していた時、0-13という、感情を失ってしまうようなスコアで試合に負けた。対戦相手は真っ赤なユニフォームを着て、嬉しそうな顔ひとつせず、ただ淡々とピッチを去っていった。その時だろうか、僕が赤色に対して残酷なイメージを持ち始めたのは。いや、初めて唐辛子を口にした時からのよ

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歓迎会【掌編小説】

歓迎会【掌編小説】

 高架下の大衆居酒屋。この時間の新橋は、叫ぶように声を張り上げなくては目の前の相手にすら声が届かない。
 雑踏の喧騒は耳朶に分厚い壁を拵える。グラスとグラスの触れ合う音、甲高い笑い声、愚痴、オーダーを取る声、当たり障りのない会話、椅子を引く音、気まずさを誤魔化すための茶々、愚痴、愚痴...。発する音は別の音に掻き消され、忽ち混沌の中に呑まれてしまう。耳を澄ましても音の信号が意味を持って伝わることは

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麒麟の夢【掌編小説】

麒麟の夢【掌編小説】

 今朝、愛知の動物園でキリンの白変種が産まれたというニュースを見て、私の頭にある青年の姿が浮かんだ。
 彼がなぜ私の元へ通うようになったのか、そしてなぜ私にその日見た夢の内容を報告するようになったのか___今となっては始まりなど本当にどうでもよいことなのだが___どれだけ遡ってみても、うまく思い出せない。
 彼は休園日を除く毎日、きっかり17時に私の元へやってきた。17時というのは、私が働く動物園

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蛍狩り【掌編小説】

蛍狩り【掌編小説】

「会話文から始まる小説が嫌いなんだ」

 薄暗い山道を走る帰りの車内で、彼はそう言った。
 短絡的で、空っぽで、考えることを放棄しているから、だそうだ。私はそれを聞いて、彼のことを心から守ってあげたくなった。年下の男の子にこんなことを思ったのは生まれて初めてだ。

 カーオーディオにはラウブの『I Like Me Better』が流れていて、彼はハンドルを指で叩きながら歌っていた。助手席から見える

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完成された風景【掌編小説】

完成された風景【掌編小説】

 一昔前に、「願いの叶う待ち受け」というものが流行した。お絵描きAI「Vandal(ヴァンダル)」の生成した架空風景を待ち受けに設定し、実世界で同じ景色を見つけたら願いが叶うというのだ。
 その頃は誰もがAIに対して一種の神秘性や超自然的な力を期待していたこともあって、このインターネットミームは一瞬のうちに拡散した。人々は画像に近い場所を探しては、比較写真を投稿して楽しんだ。
 ただし、そこに科学

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ショパンケークス【掌編小説】

ショパンケークス【掌編小説】

 何考えてるのか分からないと言われる時、私はたいてい海のことを考えている。自由で、広大で、うっとりしてしまう海。私は金色に輝く自分だけの海に沈んで、全てに満たされながら恍惚としている。そんな空想に耽っている時が、一番落ち着くのだ。
 だけど、そんな事ばか正直に言ったところで冷やかしを受けるに決まってるから、私はいつも、ふっ、と意味ありげに笑って返す。それで余計に相手を気味悪がらせてしまう。

 私

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キッチュ夫人【掌編小説】

キッチュ夫人【掌編小説】

 結論のない話をさせてほしい。
 僕はかれこれ10年くらい、あの日の出来事が僕の身の上に及ぼした(もしくは及ぼし得る)影響について考えを巡らせているのだけれど、さっぱり答えが出ないでいるんだ。あの時目にした驚くべき光景、降りかかった奇妙な言葉の響きは、今でもありありと覚えている。それは不図したタイミングで僕の頭に浮かびあがって、しばらくの間、この錆びついた思考能力を、柔らかく、鋭く若返らせる。だけ

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ポテト&コーヒー【掌編小説】

ポテト&コーヒー【掌編小説】

 時々、好奇心と理性が意識の外でぶつかって自分でもどこに転ぶか分からないことがある。
 サイドブレーキを解除してアクセルを踏み込んだものの、十数メートル進んだ時点で思い留まりブレーキを踏んだ。女がトイレから戻ってきた。
「勝手に動かしたでしょ、人の車を」
「ごめん。間違えた」
「どうやったら間違えるのよ」
 女は笑って運転席に座った。安っぽい香水の匂いがさらに濃くなっていた。
「お腹空いちゃった」

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英雄に憧れて【短篇小説】

英雄に憧れて【短篇小説】

メタローグ

 彼らが黙々と運んでいるのは巨大なクロスボウである。車輪のついた台座を、目当ての位置に向かって押していく。コタコタコタコタ___。彼らの動きには一縷の乱れもない。コタコタコタコタ___。一度立ち止まり、一斉にターゲットの方を見遣る。コタコタコタコタ___。再び台座は進みだす。
 目当ての位置に着くと、彼らは台座を固定してクロスボウの向きを調整する。彼らは音も発さず、ターゲットを見るこ

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