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そのとき僕は強く拳を握った 第二話  「ランナーズハイ」

六年生が走る距離は二キロ。校庭をぐるっと回ったら正門から車道に出て、また戻ってくる。おばあちゃんはその正門で見守っていてくれた。

「あきくーんっ!がんばって!」

その言葉を背中に受けて、霜で真っ白に染まった田んぼ道に飛び出した。

 気づいたらすぐにいつもこの三人だ。たにっちは一際長い脚を生かして我先に風を切り開いていく。ちひろくんはもっと戦略的で、たにっちを風避けにして後半に向けて体力を温存している。この二人に勝つためにはいつ勝負に出たらいいのか、必死に頭を巡らせていた。でも当然ながら一度も勝ったことがないのだから勝負どきなんてものを分かるはずがなかった。

「いくしかない。いけ」

そう心に決めた僕は、足がぶつかりそうなほど一塊となっている集団を抜け、少し驚いたような表情の二人を横目にしながら先頭に立った。意外とすんなりと。先頭で風を切ること。路上の声援を真っ先に浴びること。そして自分の後ろから二人の息づかいと足音が聞こえること。どれも初めての体験だった。少しランナーズハイになった僕は、折り返し地点を回り、同級生たちとすれ違っていく途中で密かに好意を寄せている、ともみちゃんに心の中でエールを送る余裕があった。それまでは《いける》と確信していた。

 しかし、残りおよそ四百メートル地点あたりで突然として脚が重くなり、肺がまるで凍って悲鳴をあげているかのように息苦しくなった。口の中は血の味がした。今までにないオーバーペースで駆け抜けようとした反動なのだろう。当然のことだ。そして耳鳴りもして周囲の音が聞こえなくなった時、僕の横に誰かが並んだ。ちひろくんだった。残りの距離、そして余力を考えると僕に勝ち目はないことは明らかだった。一歩、そしてまた一歩と僕たちの差が広がろうとしていた。

「あーちゃん、ごめん。やっぱりぼくには勝てっこないや」

そう諦めようとした時、なぜかあの日の情景が思い起こされた。

つづく


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