文化のインフレ、鑑賞の感情 23/11/18
昨日は共感されやすい日記を書いた自覚があるので、今日は共感が薄そうなことを書こうかな。
マサラダさんの曲が好きです。
いわばボカロPの一人なんですけど、新曲が出たんです。興味あったら聴いてください。
率直に言うと、すごすぎる。
個人レベルでこれ作っちゃうのってクリエイターの歴史全体としてインフレしてると思う。映像も曲も。
そういえば、いよわさんを初めて見た時もそう思ったんだった。
ということで、文化のインフレと鑑賞側の感情の話です。
これまでの歴史上で発見した知識や情報を早い段階で吸収できる時代になってるから、当然のごとく力量や面白さってインフレする。
言語がある→本ができる→ネットでばら撒けるの差って、加速度的どころじゃない。うなぎ登りというか、うなぎ瞬間移動。
具体的には、プロの技術がすぐに見られる。
具体名を挙げてみるなら、イラストならさいとうなおきさんが見れるし、料理ならコウケンテツさんやリュウジさんあたりが見れるし、他の世界にもそれなりに質の良い参考文献や参考動画がある。
独学に近い場合でも、インスピレーションを受けられる質の高い作品が無数にある。
一般ニュースから例えを出すなら、大谷翔平さんも藤井聡太さんも羽生結弦さんも「新レジェンド」みたいな人は得てして「旧レジェンド」から才を吸収している気がする。
それにネットが絡んでいるかはさておいて。
「この時代にこの人があったからこそ、この人が生まれた」みたいな積み重ねと、それが形になって世に出やすい時代を目の当たりにしてるのを、僕はすごくありがたく感じている。
そりゃ勿論その人たちの努力があってこそのものだし、「時代の流れでこうなったんでしょ」って頑張りを蔑ろにしているわけでは断じてない。
これを物語としての”一連の流れ”だとした時に、面白くなりすぎていてほんのちょっとだけ怖いのだ。
台本でもあるのかってくらい、文化のインフレが展開として面白くて怖い。
カードゲームにしろ漫画にしろソーシャルゲームにしろ、インフレした方が人はついていくし面白くなりやすい。
ただ当然リスクとして、「インフレしすぎてついていけない」という理由で人が離れることがある。
インフレが凄まじすぎると、一番大事な「にわか競技者」が早い段階で離れやすい。「こんなに必要なら、じゃあいいわ」ってなりがちだ。
ゲームは公式に運営費用がいるにしろ、文化に関しては受け継がない方が難しいので無駄な心配かもしれない。
インフレの面白さってそういう側面もあるよね、っていうありきたりで杞憂な感想がある。
「えっこんなにどんどん面白くなっちゃうの?怖くない?」みたいな。
面白くなりすぎて、面白くなる側の心は折れそうだ。
事実、心が折れるレベルの衝撃をマサラダさんから受けた人がいるのも観測できる。
ただこういうインフレって、誰にも罪はない。
ありえないほど「才能」に見えてしまう人や作品も、知識や算段に裏付けされた努力の結晶だ。才能を持った人も当然心が折れそうになっているはず。
それでもやり続けたい人がいるほどにそもそもコンテンツとして面白いから、文化って続いていく。
鑑賞のみにおいては一番脂乗ってる時代に生まれてると思う。働くにはつらいけど。
当たり前だけど、にわかエンジョイ馴れ合いのような人たちって応援団やオーディエンスも兼ねている。
文化の存続に関わるから沢山いた方がいい。
キャッチボールしかしたことのない野球ファン、いればいるほど良い。
僕がなにかとエンジョイを公言するのは、その文化が続いてほしいからこそだ。
引き立て役というかモブというか、「すげぇ!」って言われて然るべきすごい人に「すげぇ!」って声をデカくして言える人こそ一番重要だと思っている。ダウンタウンDXにおける勝俣。今はそれになりたい。
今の日記は特に「その趣味がずーっと好きな名物おじさん」になるために継続しているところが大きい。
理由が完全にエゴから来てるので、急に方針が変わるかもしれないけど。
継続して界隈にいるだけで保たれている誰かのモチベーションだってあると思う。でもnoteは趣味にし始めてまだ1ヵ月ちょいだ。説得力がない。
新しいものが好きだから、こう鑑賞に構えているだけでいとまがない。
ネット文章コンテンツにもそういうインフレがある。もう芸術文化のひとつだ。
オモコロ杯みたいな賞レース的登竜門を見ていると、既に面白い人が多すぎる。オイ全員面白いやないけ、どうなっとんや……という、文章を書くだけの人間としては挫折に近い感情を持ってしまう。
それになりたいというよりは、それを適切に褒めたい気持ちが強い。
面白コンテンツ全般、マジで強くなりすぎている。
文章は、まだ界隈として温まる途中の感じはするけども。
「掛布雅之←に憧れる松井秀喜←に憧れる大谷翔平」の憧れの連鎖で例えるなら、今まさに松井秀喜が生まれてそう!くらいの感じだ。
インターネットにずっといるせいで起こっている勘違いに間違いないけど、もう一大ジャンルになっている気がする。
オモコロやデイリーポータルZってこれターゲット層にしていた部分以外にヒットしつつあるよな……ていう流行の気配を感じなくもない。
M1がお笑い好きじゃなかった人に届いたように。好きな人はドンドンと増えつつある。それに、公言して恥ずかしくないだけの開き直りも感じる。
お笑い文化も、賞レースの見せ方が上手すぎる。M1、マジで準決勝の時点であれほどの群雄割拠が28組に収まる気がしない。どうなっちゃうんだよ。
アツくなればなるだけ面倒な人も増えるけど、住み分けよう。Twitterがそうだったように。
いちにわかとしては、今の文化のインフレ具合はシンプルに楽しみだ。っていう感情だけの文でした。
感性そのままに生き延びれても、上限100歳程度なのは惜しいね。
えっ?もしかして健康寿命もインフレするんですか?
えっ?感性ってもっと早く死ぬんですか?
僕にだって希死念慮はあるけど、痛そうだから生きるなら長生きしたいな。
ユーモアの観賞において、最高の時代だ。
たまたま好きで良かったな。
実は途中から「ぜんぜん書きたいことと違う……」と思っていた。
書き出しの時点では、マサラダさんの曲調と考え方をべたべたべた褒めしたかったのにな。
書けたら書きます。
こなまるでした。