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糖尿病予備軍人よ注目

糖尿病(Diabetes Mellitus, DM)はサイレントキラーです。多くの人達が知らないうちにDMになっているのです。ですから40歳を過ぎたら、エアマンは健診や人間ドックを毎年受けましょう。高血糖状態になっていないか、糖尿病にまで悪化していないか知ることがまず第一歩です。特に3親等内に糖尿病患者がいる方、かつて尿糖陽性や高血糖を指摘されたことがある方は、要注意です。DMは半年ほどで急速に悪化することもあります。

自家用のGAパイロットや、社内健康管理が緩い海外の航空会社に勤務する職業パイロットで、航空身体検査で尿糖陽性を初めて指摘されて狼狽するエアマンをしばしば目にします。そういう受験者の多くは普段から人間ドックはもちろん、メタボ健診すら受けていません。そんなエアマンに限って、検査結果を受け入れずに逆上して、大臣判定とした検査医を逆恨みする者がいますが、全くお門違いです。

操縦士という職業は糖尿病になり易い、と航空会社の産業医からよく伺います。勤務時間帯が不規則で、食事時間も定まりません。夜間スティがあると外食が続きます。フライト後のビール1杯は格別ですが、ジョッキ1杯で済まないエアマンが少なくありません。フライトの緊張と疲れが残り、多くのエアマンで運動する機会はほぼ皆無でしょう。そういう仕事環境を一切顧みず、長年不摂生を続けた果てに、糖尿病が待っているのです。

航空身体検査で尿糖陽性を指摘されると、通常は大臣判定となって、糖尿病かどうかを判定する糖負荷試験を受けるよう指示されます。一般的には空腹状態でブドウ糖75gを一気飲みして、30分、60分、120分後の血糖値を調べます。120分後に血糖値が200mg/dL以上あれば糖尿病と診断されます。更にHbA1c値を調べて、6%台後半かそれ以上ならば治療を開始すべきでしょう。

糖尿病と診断されたからと云って、飛べなくなる訳ではありません。薬物治療と運動療法できちんと管理された糖尿病エアマンは身体検査適合となります。但し、HbA1c>7%となると、DMの合併症が徐々に進行します。日本の航空会社では社内規定で乗務を外される可能性が高まります。インスリン注射を必要とする場合は、日米とも職業パイロットを続けられません。体調不良時の低血糖発作やケトン血症など、インキャパとなる危険性が高いからです。

では糖尿病エアマンが飛び続けられるようにするには、どうしたら良いのでしょうか?なによりもまず、生活習慣を改めることです。肥満であるエアマンは、食餌内容を見直して痩せることです。1日3度の「食事」内容だけでなく、お菓子や飲酒といった「食餌」内容全般を見直さねばなりません。甘党のエアマンには、袋ではなく個包装で菓子を購入すること、1ピースが小さめのケーキを食べること、(果糖が多い)甘い果物も食べ過ぎないことが指導されます。左党のエアマンにはフライト後のビールは一杯とし、喉の渇きは無糖の炭酸水で潤すこと、エタノール換算で1日30gを超えるアルコールを飲まないようにすること、飲み過ぎたら翌日は必ず飲酒を控えることがアドバイスされます。日々の小さな努力が糖尿病の進行を遅らせることは、操縦技量を向上・維持させる努力と何ら変わりありません。

糖尿病治療で、運動療法は食餌療法と両輪をなす重要な治療です。糖尿病では膵から分泌されるインスリンが枯渇することが原因ですが、2型糖尿病ではインスリンが分泌されても、体内で利用されないためにホルモン効果が鈍ってくる病態があります。内科の先生の例え話によれば、インスリンはプラットフォームの駅員さんで、筋肉の細胞内へ糖分を押し込む役だというのです。それが運動をしない糖尿病患者では筋細胞が糖質を必要としないため、インスリンも押し屋の仕事を怠けだすのだそうです。これがインスリン抵抗性というもので、インスリンが分泌されていても高血糖となる機序とのこと。運動することで筋細胞が糖質を欲する体質に戻せば、インスリンが効率的に利用されるようになり、高血糖病態はかなり回復するようです。

以前、沖縄の離島便で飛んでいたキャプテンが糖尿病で苦しんでおられ、航空身体検査の度に相談を受けました。単身赴任していたアパートのテラスに家庭菜園を拵えて、野菜主体の自炊生活を営んでいました。部屋ではエアロバイクもこいで、運動機会を増やすことに励んでおられました。けれども身体検査で引っかかるのを恐れて、内服治療は受けずにいました。

蒸し暑い夏の晩、キャプテンから電話があり、振り絞るような声で胸が苦しいのでどうしたら良いか?と尋ねられました。航空身体検査のことが本人の脳裏を過っての事でしょうが、構わず救急外来へ行きなさいと伝えました。残念なことに、コバルトブルーの海を飛び続けたいという願いも空しく、数日後キャプテンは天に召されました。

機体が一部故障していても、整備士にきちんとプラカードを付けて管理されている場合は安全に飛行できます。同様に、医師に管理されて安定している病状であれば、多くのアエマンは安全に乗務できることを、急逝したキャプテンは教えてくれているのです。


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