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「あなたに会えてよかった」という選択

 当たり前のことだが、人が生きている限り、選択を続けて行かなければならない。服装、食べ物、今日の授業で話すことなどなど、小さな選択は毎日何度も繰り返しているだろう。しかし何回もあることではないが、その後の人生を左右する大きな選択もあった。
 私は高校を出るまで、茨城県の鹿島町(現鹿嶋市)に住んでいた。中学生のころは、運動ができなっかった私は、今でいうところのいじめを受けたこともあったが、勉強はできた方だったので、高校は、地域で最も進学実績のある千葉県立佐原高等学校に進学した。私の通っていた中学校から一緒に佐原高校に進学したのは一人だけ。しかも女子だったので、中学時代の私を知る人はほとんどいない中で高校生活が始まった。それが、今になって思い返せば、自分を成長させる転機になったのだろう。
 高校を卒業して、北海道大学理Ⅲ系(1980年当時)に進学した。1年半教養部で学び、2年生の後半に学部と学科を選んで移行するシステムであった。大学では思うように成績が伸びず、本来行きたかった生物系をあきらめざるを得ず、理学部化学科を選ぶことにした。
 ほぼ7割の学生が大学院を目指していた。私も修士課程に進んだ。2年間修士課程で学んだ後、就職する同級生がほとんどだったが、どうしても大学に残りたいと思い、博士課程に進んだ。
 そのとき、研究室に、高校教員の採用試験に落ちて研究生として1年間残った後輩がいた。彼のところにある道立高校から時間講師の話が来たのだった。週12時間、ひとりでやれなくはないが、研究をしながら勤めるには荷が重いと思ったようで、私に「半分やりませんか」と声をかけてきた。一応教職課程を取っていたので、アルバイト気分でOKしたのが、自分の人生を決める大きな選択になった。
 後輩は1年後、郷里の長野県の教員採用試験に合格し、赴任していった。  
 私はもう1年時間講師を続けることになった。大学院で研究生活を送りながら、このまま研究者として続けていく自信が段々と薄れていた。また、教員の仕事も面白いんじゃないかと思い始めていた。結局、北海道の教員採用試験に申し込み、合格した。当時は団塊二世が高校生の年齢になり始めるころで、採用数もかなり多かった。大学院の在学期間は後1年残っていたが、退学して教員になる道を選んだ。道教委の担当者から、「札幌市立高校に推薦するから」と言われ、1988年4月、札幌市立高校に赴任し、教員人生が始まった。
 それから35年余り、自分の勤務先の希望は聞かれるが、最終的に決定するのは、札幌市教委である。市教委が私を転勤させるという「選択」をしたのは計4回、今年赴任した現任校で5校目の勤務となってしまった。

 さて、前任校では3年間教育相談室に常駐した期間がある。もちろん授業をしながら、空いた時間や昼休み、放課後にやってくる生徒の話を聞く生活をしていた。そのころある生徒から、「先生はなぜ管理職にならなかったのですか?」とストレートに聞かれたことがある。その質問には、「授業をせずに学校にいる自分の姿が想像できなかったからだ。」と答えることに決めていた。もちろん管理職になるチャンスがなかったわけではない。40代後半ころには、校長に「教頭昇任試験は受けないのか?」と言われていた。しかし、そのときどうしても教頭昇任試験を受けようという気持ちになれなかった。「教員である以上授業をしていたい」という気持ちに偽りはなかったが、受けるがめんどくさいという気持ちもあった。(もっとも、受けていたとしても合格するとは限らないが。)結局「教諭」のまま2022年3月定年退職し、現在は再任用教諭として働いている。
 前述の生徒には管理職にならなかった理由に続けて、「でもな、私がもし管理職になっていたら、ここでこんな形で君と会うことはできなかったよな。」と言った。生徒は、はっとした顔をしていたのを今でも思い出す。私はその生徒にあえてよかったと思っていたし、その生徒もそう思ってくれていたと確信している。教員生活を通じて本当にたくさんの生徒に出会ってきた。彼らと出会えて本当によかったと思いながら、教員人生を歩んできた。
 もしあの時、別な選択をしていたら、と思うことはよくある。そうしていれば、今とは全く変わった人生になっていただろう。もしかしたら今よりもっといい人生だったかもしれない。
 しかし、今の職場で一緒に働く同僚、一緒に学ぶ生徒たちと出会うことはできなかったのだと考えると、私の選択は間違っていなかったのだと思う。今は幸せに働いているからだろう。
 人生の選択には正解はない。そして間違いもない。どういう選択をしても「あなたに会えてよかった」と思える人にたくさん出会えればそれでいい。それが還暦を過ぎて私が思うことである。
#あの選択をしたから
#あなたに会えてよかった

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